2026年6月22日

ソウル満腹日記


 韓国出張から帰ってきて一週間。一週間の不在を待ち構えたように押し寄せる仕事の波にのまれバタバタと過ごしていると、ソウルでの日々が、もうずっと前のことのように感じてしまう。そうすると、あのときに感じた心の動きや感動の記憶もそのうち消えてしまうだろう。少しでも心に留めておくために、日記を書いているかもしれない。

 最近、西村賢太氏の日記を纏めた本『私小説書きの日乗』を読んだ。西村賢太氏は、そのタイトルの通り、自らを私小説家と名乗り、自分をモデルにした波乱万丈の人生を綴った作品を多く残している。自らの汚く卑しい姿も隠すことなく晒した筆致は、絶望的な状況の中でもどこかカラッとした明るさがあり、おもしろい。

『私小説書きの日乗』は、私小説ではなく純粋な日記だ。「午後一時起床。入浴。のち、二時間弱サウナ……」といった感じで、昼頃目を覚まし、その後サウナに行き、ラーメンを食べ、家に戻る。さらに担当編集者との打ち合わせと称して行きつけの酒場で朝方まで酒を飲み、また、家にいる日も夜から執筆をはじめ、朝方に酒を飲んで寝る。執筆の姿勢。世の中への目線。師と仰ぐ私小説家、藤澤清造への思い。心に浮かぶ孤独と不安などが、淡々とした文章で綴られ、読むほどに引き込まれる。

 この日記には、「信濃路で、生ビール一杯、ウーロンハイ七杯。肉野菜炒め、レバニラ炒め、とん汁、チーズ。最後にラーメンライス」、「ウーロンハイに、お刺身、もつ煮込み、鶏カラ等。最後に天丼を食べ、九時半に店を出て真っすぐ帰宅。深更、缶ビール一本、宝三分の二本。レトルトカレーと柿ピー」といったように、その日に食べたものが克明に記されている。それを読むととにかく氏の暴飲暴食ぶりがよくわかる。西村氏は2022年にタクシーの車内で意識を失い、心疾患でこの世を去る。わずか52歳に亡くなってしまった要因のひとつに、食生活が影響しているのだろうと思わずにはいられない。

 旅に出ると、いつもだったら簡単に済ませる朝食もしっかり取るし、珍しいものも多くあるから、たいてい食事の量は多くなる。韓国では、何を食べてもおいしいこともあって、ほぼ毎食満腹になるまで食べた。せっかくなので、『私小説書きの日乗』にならって、食べたものを日記で綴ってみたいと思う。

6月7日(日)
朝9時に羽田を発つアシアナ航空便でソウルに向かう。
機内で昼食として、ハンバーグご飯にパン、サラダ、ケーキ。
夜は聖水(ソンス)にて。最初はSさんが薦める店に行くが混んでいたので、その隣にあるローカルなサムギョプサル屋に入る。ビールにサムギョプサルを2種類、スンドゥブチゲ、茶碗蒸しのようなケランチム、締めに肉を焼いていた鉄板で作るキムチチャーハン。旅の最初の食事から満腹になるまで食べる。ホテル帰室後、再び外に出て二時間弱サウナ。

6月8日(月)
朝は、ホテルの近くで唯一空いていた食堂に入る。観光客向けではないようで、メニューには写真がない上、ハングル文字しか書かれていない。しかも他に客もいない中で、なんとか味噌海鮮チゲ定食とスンドゥブチゲ定食を人数分頼む。チゲは半分ずつシェアして両方食べたけれど、どちらも美味。韓国では付け合わせのキムチやナムル、韓国のりなどもたくさんあって、朝から満腹。
この日はイベントの搬入。昼食は会場の地下にあったレストランで冷麺。シンプルなスープが入った水冷麺と具を甘辛いタレでからめた冷麺の2種類があって、甘辛い方を食べたけれど、水冷麺の方が好みかもしれない。
搬入後、夜は会場近くで食べるところを探す。結局サムギョプサル屋に入る。ビール、サムギョプサル、セリ、ケランチム、それにたくさんの付け合わせ。頼んだメニューは昨日とほとんど一緒だけど、店によって味の違いがあっておもしろい。

6月9日(火)
朝食はちょっと足を伸ばしてカフェ、フリッツコーヒーへ。キャラメルチーズを挟んだベーグルにクロワッサン、カプチーノ。気持ちのいいカフェでおいしいパン。これもいい。
昼は参鶏湯専門店へ。人気店らしくさすがにおいしい。たっぷり煮込んだ鶏の出汁の濃厚スープに、まるごとの鶏の中に、もち米や高麗人参などの体に良さそうな具材がたくさん。感動のうまさ。
夜はプルコギ屋でビビンパとプルコギにビール。イベントでの旅の楽しみのひとつに、おいしい食事とお酒とともに仲間と語り合う時間がある。旅とイベントの高揚感で話は熱くなりがちで、そんな時間が次の一歩への力になる。

6月10日(水)
朝はホテルの近くで空いていた別の食堂へ(相変わらずメニューは読めないし何屋なのかはよくわからない)。適当に頼んだ定食のチゲは、日本のもつ鍋のような味。何が出てきてもたいていおいしいので、この頃には躊躇せずに適当にオーダーするようになる。
この日はイベント。昼食は、Sさんが買ってきてくれたサンドイッチを会場の裏でパパッと食べて済ませる。
夜は、Sさん招待のもとカンジャンケジャンをいただく。カンジャンケジャンは、生のワタリガニを醤油ベースのタレに漬け込んで熟成させた料理。ミソと卵がたっぷり入ったカニをしゃぶるように食べる。ビールに、ご飯との相性がよく、おかわりをして楽しんだ。

6月11日(木)
朝は初日と同じ食堂へ。他の人が食べていた朝定食と初日に食べた味噌海鮮チゲ定食を頼んでみんなでシェア。朝定食のおかずはコチュジャンをからめた肉野菜炒めみたいなものだった。この日も朝から満腹。
1日イベント。Sさんが昼食に用意してくれたのはキンパ。アルミホイルで包まれたまるごと一本のキンパを齧る。
この日は韓国最後の夜。サムギョプサルとともに庶民の2大お酒の友と言われている(真偽は知らないけれど、タクシーの運転手がそう言っていた)フライドチキン屋へSさんらと一緒に行く。ビールにたっぷりのフライドチキン、辛口フライドチキン、フライドポテト、トッポギ、チーズボール。わいわいガヤガヤな雰囲気の中で韓国最後の夜を楽しむ。

6月12日(金)
この日は帰国だけど、飛行機の時間は夕方なので、それまでお店をいくつか巡る。朝は移動後に、おかゆ屋さんへ。脂っこい食事が続いたあとには優しくおいしいけれど、量が多い。食後、近くに韓国の伝統家屋をリノベーションしたカフェがあるというので、コーヒーを飲みがてら見に行くことにする。お腹はいっぱいだったけれど、店内に並ぶパンがおいしそうなので、砂糖がたっぷりかかったスフレとチョコクロワッサンを買って、みんなで分けてひとくちずつ食べる。
店をいくつかまわって、お昼過ぎにホテルに戻る。その後、荷物を受け取り、バスで仁川空港へ。少し遅い昼食は空港のフードコートで牛骨スープ定食。韓国最後の食事もボリュームたっぷり。ずっとこんな感じで食べ続けていたら、さすがに体にも悪そうだけど、旅の暴飲暴食はかき捨て。まあ良しとしよう。ごちそうさまでした。