倉本聰さんのこと
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トラベラーズの仕事をしていると、まるでご褒美のような出会いが訪れることがある。脚本家の倉本聰さんとお会いすることができたときも、まさにそんな瞬間だった。最初のきっかけは、倉本さんが脚本を担当しているドラマの小道具としてトラベラーズノートを使いたいという連絡が、会社にあったことだった。
その後、倉本さんがインタビューを受けている際、その手元にトラベラーズノートがあったのをテレビで見つけた。どうやら倉本さんはトラベラーズノートのユーザーらしい。小道具として使ってくれたのもきっと彼が指定したのではないか。ならば、トラベラーズタイムズの「How Do You Use TRAVELER'S notebook」に出てもらえないだろうか。自然とそんな話で盛り上がった。それから広報担当が実際に倉本さんの事務所にコンタクトをして取材依頼をすると、受けてくれることになった。
倉本さんといえば、やっぱり「北の国から」。僕は小学生のときに放映していた連続ドラマのときからリアルタイムで観ていた。その頃の僕の年齢と、主人公・黒板五郎の息子である純の年齢は、ほぼ同じ。そんなわけで、純に思いっきり感情移入をしながら、このドラマを見た。
東京の下町で暮らしていた僕は、広大な自然に囲まれた北海道の暮らしに大きな憧れを抱きながらも、いつも後ろ向きで優柔不断な純に、どこか自分を見るような思いを抱き、ひやひやしていた。「北の国から」は、北海道の大自然との葛藤を描いているのと同時に、重苦しい人間ドラマでもある。救いようのない悲劇的な恋愛と別れ、次々と襲いかかる悲惨な出来事、経済格差や地域格差の残酷さなどを赤裸々に描いていた。正直に言えば、子どもだった僕にはけっこうハードな物語でもあった。
それでも僕はこのドラマから、大自然の素晴らしさと厳しさとともに、生きていくことはままならないものであり、やりきれないことの連続であることを教えてもらった気がする(実際そうだしね)。そして、そんな中で情けなくもがく登場人物に心を動かされてきた。
取材のために富良野に行き、倉本さんに会うときは、うれしさの一方で、かなりプレッシャーを感じたのを覚えている。当時倉本さんは70代後半で、テレビ界の大御所で見た目も怖そう。そんな彼に素人の僕が取材をして、それを記事にまとめないといけない。緊張に包まれながら、富良野の森の中にある倉本さんの事務所に入った。
そのとき伺った内容については、こちらに掲載している。もともと1時間の予定だったのに、2時間以上取材に付き合ってくれて、こちらの緊張を解きほぐすように気さくに、トラベラーズノート以外のこともたくさん話してくれた。石原裕次郎や高倉健、寺山修司などにまつわる貴重なエピソードを語ってくれたり、最近ハマっているという点描画を実際にトラベラーズノートに描いて見せてくれたりした。
トラベラーズノートの話が終わると、「北の国から」のことを聞きたかった僕は、取材とは関係ない質問をした。
「当時、純と同じくらいの年齢だった僕は、純のセリフが、小狡くて卑怯なところも含めて、とてもリアルで共感できたんですけど、どうやって彼のセリフを作っていったんですか」
「それはもう思い出すんです。自分が小学生だったころまで記憶を遡り、そのときの感情を蘇らせるんです。そうすると、あのとき言いたかったけど言えなかったこととか、自分が情けなくなるくらい恥ずかしかった感情も蘇ってくるんだよね。それを書くんです」と倉本さんは答えてくれた。その言葉は、今でも何かを作るときの僕の指針のひとつになっている。
その取材以降は、それまで以上に意識をして倉本さんの作品に触れるようになった。「北の国から」をもう一度見直すことから始めて、過去の映画や書籍にも触れ、新作ドラマはもちろん、演劇にも何度か足を運んだ。年を経るごとに、倉本さんのメッセージは先鋭化し、便利さや経済効率を求めて盲目的に進化する世の中に警鐘を鳴らし続けた。
テレビではあまり扱われることのない老人問題をテーマにしたドラマ「やすらぎの郷」とその続編「やすらぎの刻」で、倉本さん自身を投影したと思われる脚本家役の主人公が、ドラマの中でトラベラーズノートを使っているのを見たときは、素直に嬉しかった。取材で倉本さんは、脚本のデッサンというか箱書きみたいなものを書くのに、トラベラーズノートを使っているとおっしゃっていた。ドラマで主人公が同じようにノートを使っているシーンを見て、倉本さんが実際に使っているのをリアルに感じることができた。
それからも倉本聰さん関する情報があると、チームの仲間と共有していた。そして先週、倉本聰さんの訃報を知った。享年91歳。いよいよ来るべきときが来てしまったのか、というのが正直な感覚ではあったけれど、幼い頃からその影響を受けてきた方が亡くなるのはやっぱり悲しい。ただ、倉本さんが教えてくれたように、人生はままならないものであり、やりきれないことの連続だ。「北の国から」では、何人もの登場人物が劇中で死を迎えている。フィクションではあるけれど、純に感情移入しながら、悲しみとともにその死を受け入れてきた。
倉本さんの新しい作品に触れることは叶わなくなったけれど、これまでもそうであったように、これからも彼の作品に繰り返し触れることで、また新たな発見をしていくんだろうな。ご冥福をお祈りします。