It’s Only a Notebook (But I Like It)
先週、唐突に思い出して、机の下に積まれた資料の中から、2006年に発行された最初のトラベラーズノートのカタログを取り出してみた。表紙には、香港の重慶大厦(チョンキンマンション)で撮った写真が印刷されている。
当時、出張で香港に行ったときに、この古いビルにあるインド料理屋でランチをとった際に撮影した写真だ。ふと思い立ち、トラベラーズノートをバッグから取り出してテーブルに置き、当時手に入れたばかりの200万画素のデジカメで撮った。この写真を撮って以来、旅に出ると、その土地の風景の中にトラベラーズノートを置いて、写真を撮るようになった。
表紙をめくると、今度はチェンマイで泊まったホテルのプールサイドで撮影した写真がある。香港のどこか怪しく緊張感が漂うモノクロの写真と比べると、こちらはプールの鮮やかな青が目を引き、どこか優雅で開放感がある。これは今気づいたんだけど、香港の写真ではトラベラーズノートの表紙は裏、チェンマイで表が上を向いている。まるでトラベラーズノートの陰と陽を表現しているみたいだ。当時は、そんな意図はまったくなかったけど、無意識に陰の方を表紙にしているのが、トラベラーズっぽいな。
次のページを見ると、発売日が3月9日とある。当時は今と違って、世間の人が文房具の発売日を気にするなんていうことはなかった。だから、公式に発売日を決めてはいなかった。ここで記されている発売日は、工場から出荷する日で、店頭に並ぶ一般的な発売日とは異なる(今では出荷日とあわせて、店頭に並ぶ発売日も決められている)。
とにかく、2006年3月9日に流山工場からトラベラーズノートが初めて出荷され、その数日後には店頭に並んだはずだ。つまり、先週のどこかでトラベラーズノートは20周年を迎えたことになる。なんとも締まらない感じではあるけれど、それもトラベラーズっぽいなと思う。
20年間、仲間たちと共にこのトラベラーズノートを作り、その世界を広げていくことを続けてきたことで、この仕事は、僕にとって、まさにライフワークとも言えるものになっている。ノートを作り育てることがライフワークになるなんて、トラベラーズノートに出会う前まで想像すらしていなかった。
この20年の間に、世の中もそれなりに変化した。20年前には、スマホもSNSもなかった。今では、デジタルはあの頃よりもずっと進化して、僕らの仕事や生活はもちろん、旅のやり方や人とのコミュニケーションの取り方に大きな影響を与えている。さらに20年の間には、東日本大震災と原発事故、コロナ禍、異常気候などの災害もあった。東日本大震災では、ちょうど5周年を迎えたタイミングだったこともあって、震災下でのノートの意義を深く考えさせられた。さらに、コロナ禍では最も大事なテーマでもある旅が否定されたんだよな。
最近では、AIの急速な進化に加え、排外主義や大国主義の台頭、分断の広がりなども進んでいる。そんなときだからこそ、さらにトラベラーズノートの存在意義を考えざるを得ない。これまで、世の中の出来事をトラベラーズノートというフィルターを通して考え、トラベラーズノートがこの世界でどういう存在であるべきか、自分たちなりに誠実に考えてきたつもりだ。これからもそれを続けていこうと思う。
一方でトラベラーズノートも、世の中にある他のノートと同じように、たかがノートでしかない、という思いもある。所詮は一枚の紙があれば代用可能なものでしかないし、そこに何かを書かなければ何の価値もない。形や機能に多少の違いがあれど、書くという行為を満たすことだけを考えれば、似たようなものはたくさんある。デジタルが飛躍的に進化する一方で、紙のノートなんて、100年前と比べてもたいした進化をしていない。要は、偉そうにうんちくを語るようなものではないと自覚している。
そんな、たかがノートに、20年も心血を注いで、ライフワークにしているのは、やっぱりそれが好きだからとしか言いようがない。僕は20年以上、トラベラーズノートを使い続け、トラベラーズノートのことを考え、トラベラーズノートについて他の人たちと話を交わしている。いまだにそのことに飽きることはないし、むしろ楽しくてしょうがない。つまるところ飽きずに続けられる仕事こそが、ライフワークとなり得るのかもしれない。
今日のブログのタイトルは、ローリングストーンズの代表曲のひとつでもある「It's Only Rock'n'Roll (But I Like It)」から引用している。1964年に結成したストーンズが、80歳を過ぎ、お金も名誉も十分あるのにいまだに現役で活躍しているのは、やっぱりロックが好きだからなんだと思う。きっと少年時代にロックに出会ったときの感動が忘れられず、いまだにその感動を追いかけているのだ。「It's Only Rock'n'Roll (But I Like It)」は、まさにそんなロックへの想いを歌った曲だ。サビの最後のフレーズで、ロックとトラベラーズノートがよく似ていることがよくわかる。
「I said I know it’s only rock ‘n roll but I like it
I know it’s only rock ‘n roll but I like it, like it
I said can’t you see that this old boy has been a-lonely
たかがロックンロールだというのは分かっているけれど、好きなんだ
たかがロックンロールなのは分かってる、だけど好きでしょうがないんだよ
かつて少年だったこの男がずっと孤独だって分からない?」
僕も同じように、少年時代にロックに出会い感動したけれど、ミュージシャンにはなれなかった。だけど、初めてトラベラーズノートの試作を手にしたときに、ロックに出会ったときと同じくらいの衝撃を受けた。何かが始まりそうな予感で胸がいっぱいになって、このノートを持ってすぐにでも旅をしたくなったのだ。あのときの興奮は、20年経ってもいまだに冷めることがない。
「I said I know TRAVELER’S notebook is only a notebook but I like it
I said can’t you see that this old boy has been a-lonely
トラベラーズノートは、所詮ただのノートでしかないのは分かっている
だけど、それが好きなんだ
いつまでたっても孤独なひねくれ者だから、それが必要なんだ(意訳)」