Snail Mail
封書で送られる手書きの手紙なんて、めったに届くことがないのに、ここ一、二週間で四通の手紙が届いた。
一通目は、トラベラーズノートを扱ってくれている地方の小売店の方からの手紙。担当営業を通じて伝わった僕のなにげない言葉に対するコメントを、手紙に書いて送ってくれたのだ。縦書きの便箋で、拝啓のあとには時候の挨拶が書かれ、最後は敬具で結ばれている。さらに宛名は本文の最後に書かれ、まさに手紙の書き方のお手本のような手紙。心を込めて丁寧に書かれているのが伝わってきて、メールにはない手紙の良さに改めて気づかせてくれた。
便箋も作っている会社で働いていながら、恥ずかしいことに僕自身はこんなふうに正式なマナーに則った手紙を書いたことがない。がんばって書いたって、それにふさわしいキレイな文字も書けない。慣れないことをするとボロが出ると思い、横書きの便箋に、頭語と結語を省略して返事を書いた。
二通目は、トラベラーズカンパニー宛に届いたシカゴからのエアメール。ちょうど先日、シカゴでイベントを開催していたので、そこに参加した方からの手紙なのかな、なんてことを思いながら、封を開けた。読みにくい殴り書きのような英語をなんとか読んでみると、どうもそうではないらしい。ざっくりと内容を書くと、「私は美大の学生で、ブラスペンシルを使っている。とても気に入っていて、今度はボールペンも購入するつもり。で、他にもどんな商品があるのか知りたいので教えてください」とのこと。
商品のことを知りたいのであれば、公式サイトを見てもらうのが一番わかりやすいし、シカゴの取扱店舗も確認できる。そう思って、メールで返事を送ろうと思ったら、どこにもメールアドレスが書かれていない。つまり彼に返事をするには、手紙で送らなければならない。バタバタしていた僕は、海外営業担当に対応を託した。
そもそも彼はどうして手紙で送ってきたのだろう。あらためて手紙を読んでみたけれど、あえて手紙で送ることへの特別な想いがあるとも感じない、とてもカジュアルな文面。便箋と封筒も飾り気のない事務的なもの。まるでメールやネットなんてこの世に存在しないかのような手紙で、なんだかタイムスリップしたような気分になった。でも、メールがない時代は、こんなやり取りも手紙じゃないとできなかったんだよな。
三通目の手紙は、仕事上でお付き合いがある方から届いた『旅とノートの日々』の感想。その方とはメールでやり取りをすることもあるので、メールで送ることもできるのに、あえて手書きの手紙で送ってくれたのだ。そこには、ほんとうに嬉しいことが綴られていて、いろいろ大変だったけれど、本を書いてよかったと思った。返事をメールで送ることもできるけれど、やっぱり手紙で送りたいと思っていて、でもまだ書けていない。
手紙が嬉しいのは、もともと形のない想いみたいなものが、フィジカルなものとして届くことなのかもしれない。封筒が届いて封を開けるまでの、ドキドキした気持ち。紙の柔らかい質感に、書き手のキャラクターを感じさせる手書きの文字。絵文字のような手描きのイラストが散りばめられた彼女らしい手紙を読みながら、青春時代の甘酸っぱい記憶が蘇ってくるような気がした(いや別に変な意味ではありませんよ)。
そして、四通目はちょうど先週末に届いたカナダからの手紙。届いたときには、「カナダからの手紙」だけに、思わず「ラブレター・フロム・カナダ あなたのいない一人旅です」と古いヒット曲が頭の中で流れてきたけれど、もちろんラブレターではない。トラベラーズノートを長く使ってくれている方が20周年を祝して、ギフトとともにメッセージを送ってくれたのだ。
ここに内容を書くのは差し控えるけれど、なかなか心に響く想いが綴られていて、涙が出るほど感動した。トラベラーズノートの存在意義がより明確になったし、あらためてトラベラーズノートの仕事を20年以上がんばってきてよかったと思えた。こちらもまだ返事は書けていない。手紙だけですべてを伝えるのは難しいと思うので、返事に添えて、カナダでは手に入れにくい『旅とノートの日々』を送ろうかと考えている。
僕は、トラベラーズノートに何かを書くことは、未来の自分への手紙みたいなものだと思っている。何かに悩んだり、迷ったりしたときには、過去のノートを読み返すことも多い。新しいものを作るときには、まずは過去のノートを読み返して、参考にする。『旅とノートの日々』は、それがないときっと書けなかった。ノートの記録は未来の自分への手紙でもあるけれど、その後の自分の生き方とか表現の種みたいなものであるとも言える。
一方、本当の手紙は自分ではない誰か、それも不特定多数の人ではない、たった一人の誰かに向けて書くものだ。今では、情報のやり取りはメールの方が早い。感情的な想いだって、LINEでリアルタイムで伝えることができる。だけど、手紙は言葉に、文字情報以上のものを拡張して伝えてくれる。それは、言葉にメロディーが付けられ歌になり、さらに楽器がハーモニーを奏でて歌を彩るようなものなのかもしれない。インクの色や筆跡、便箋や封筒のデザインや紙の質感、切手にそこに押された消印、届くまでに付いたであろう紙のシワなどが、五感を刺激しながら、さまざまな感情を呼び起こしてくれる。
それに、スネイル・メールと呼ばれるように、手紙はかたつむりのごとくゆっくり届くのもいい。メールみたいに見えない形ではなく、物体が人の手を経て、車や飛行機、オートバイや自転車に乗って、旅してやってくる。それだけでもう、ロマンチックじゃないですか。それが定形郵便だったら、わずか110円。アメリカまででも140円で送ることができるのだ。
2023年に終了したトラベラーズノートの投稿サイト「みんなの投稿」を始めたばかりの頃。景品のステッカーを送るときに、僕はそれぞれの投稿内容に触れた手書きの手紙を添えていた。あの頃は一ヶ月の投稿が十件にも満たなかったから届くのが嬉しくて、会ったことのない遠くの友人に送るような気持ちで手紙を書いていた。届いた手紙を読みながら、あの頃の気持ちも思い出した。やっぱり手紙っていいものだな。