R.I.P. Brian Wilson
映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』は、先週亡くなったブライアン・ウィルソンの伝記映画なんだけど、構成がちょっと変わっている。
ビーチボーイズの中心メンバーとして、傑作を生み出しながらも精神を病んでいく60年代のブライアンと、一人の女性と出会うことで少しずつ精神を回復していく80年代のブライアン。この二つの物語が並行しながら進んでいく。60年代と80年代では演じる俳優も違っていて、しかも似ていない。だけど、その分、彼の数奇な人生が浮き彫りにされる映画になっている。
60年代の方は、ビーチボーイズがサーフィンミュージックの元祖のような存在として人気を得ていく中で、サーフィンに興味がなく、引きこもりがちな性格のブライアンが、音楽作りに集中するためにツアーへの参加をやめるところから始まる。
ブライアンは一人で音楽を制作するうちに、女の子やサーフィンをテーマにした明るく軽快なポップソングではなく、より内省的で深みのある音楽を作りたいという思いが強くなる。そして、その思いが傑作「ペット・サウンズ」の制作へとつながっていく。
その再現シーンのブライアンを見ると、天才と凡才の違いをまざまざと見せつけられる。彼は、頭の中に次々と浮かぶ音のイメージをそのまま音楽にしていく。悩んだりはしない。スタジオミュージシャンに明確なイメージを伝え、何度も「違う」と言いながら理想の音に近づけていく。豪華なオーケストラに加え、テルミンや自転車のベル、線路の音なども使い、今までにない、摩訶不思議なのに美しいサウンドを作り上げていく。しかも、そのときブライアンはわずか24歳だった。
メンバーがツアーから戻ってくると、それまでとは違うサウンドに共感を得られず、ブライアンは孤立していく。さらにマネージャーでもある父親が、強権的に支配を強めようとするのをブライアンは拒絶。彼の孤独はさらに深まる。そんな状況をドラッグやお酒の力を借りながらしのぎ、なんとか完成までやり遂げていく。
だけど、今ではロック史上類を見ない傑作と呼ばれている「ペット・サウンズ」も、発売当初はそれまでのサウンドとは大きく異なることもあって、売れ行きは芳しくなかった。反響の低さは、ブライアンの精神的な負担を増すだけでなく、彼の新しい音楽の方向性に対してのメンバーからの反発を高める。その結果、次作「スマイル」の制作は頓挫し、ブライアンは音楽制作ができなくなるほど精神状態が悪化していく。
80年代のブライアンは、ひどい状況からはじまる。40代になり相変わらず精神状態は良くない。ブライアンの担当医であるユージン・ランディは、彼を治療するというよりも、金ヅルとして精神的に支配する人物として描かれる。映画では、偶然出会った一人の女性メリンダとブライアンが恋に落ち、彼女の働きで、ブライアンをユージン・ランディから引き離し、再びブライアンが音楽家として再出発するところで終わる。
ブライアンがメリンダの前に復帰後の名曲「ラブ&マーシー」と歌う感動的なシーンがある。「ラブ&マーシー」が収録された、ブライアン復帰を記念する最初のソロアルバムがリリースされたのは、ブライアンがユージン・ランディの支配下にあった時期にあたる。そう考えると、実際の事情はもう少し複雑だと思うけれど、それでもブライアン・ウィルソンのファンにとっては感動的な映画だし、彼を知りたい人にもおすすめできる作品です。
僕がブライアン・ウィルソンのソロを初めて聴いたのは、2004年にリリースされた「スマイル」。これは「ペット・サウンズ」の次作として、ブライアンが制作を進めていたにもかかわらず、彼の精神が崩壊してしまい中止した幻の作品を、復活したブライアンが40年近い年月を経て完成させたアルバムだ。
その中の曲のいくつかは、ブライアンが離脱後に残ったメンバーによって録音され、すでに聴いているけれど、ブライアンが自分が作りたかった形で聴くと感慨深い。40年後のブライアンは、あの頃の美しいハイトーンボイスのような声は出ないし、最盛期のイメージを完全に再現できているとも思わない。だけど、ブライアンがその後のどんな人生を歩んできたのかを知った上で聴くと、やっぱり感動をしてしまう。
「スマイル」のリリース後に来日して、このアルバムを再現するライブを行った。幸運にもそのライブに立ち会えた僕は、車椅子に座りながら演奏する彼を、伝説的な存在として崇めるような気持ちで見た。
ブライアン・ウィルソンの訃報を聞いて、ここ数日は、あらためて彼の作品を聴いている。やっぱり良いなあと思うし、その作品群の新たな魅力にも気づく。たぶん、もっと歳をとって死を迎える直前まで、彼の作品を聴き続けるんだろうな。