2026年4月27日

ロゴのこと

 トラベラーズノート カードサイズ 20周年セットの発売日。ふと思い立って、僕はトラベラーズファクトリー中目黒に行くことにした。

 いつも新しい商品の発売日の前には、定例行事として2階の黒板に新しい絵を描いている。だけど発売日には、新商品の大量の在庫を置いておくために、2階はクローズしなければならなかった。それに今回の発売はいつもとは違い、抽選予約販売という形をとっているから、オープンと同時にたくさんのお客さんが店に殺到することもないはず。だから前日までは、発売日にあわせてトラベラーズファクトリーにいく必要もないだろうと思っていた。

 だけど、なんとなく前日の夜になって、やっぱりファクトリーに行こうかな、と思った。発売日の予定を見ると午前中は打ち合わせがあったけれど、午後に移動しても問題なさそう。「明日の打ち合わせ、午後にしてもらってもいい?」とチャットを入れておいた。

 翌日の朝、まだチャットの返事はなかったけれど、会社がある恵比寿ではなく、中目黒に向かう電車に乗った。電車に乗っているうちに「午後でも大丈夫です」とチャットの返事があったので、「今日は中目黒に直行します」とメンバーにチャットを送った。

 ファクトリーに着くと、まだスタッフが来ていない。僕は2階に上がった。そして、黒板の前に積まれていたカードサイズセットが入ったカートンを移動すると、黒板に20周年記念のロゴを描き始めた。

 20周年記念ロゴの中心には、トラベラーズノートのロゴがある。あらためてじっくり眺めながら、そのロゴを丁寧にチョークで描いていると、やっぱり20年前のことを思い出す。

 まだトラベラーズノートという名前が決まって間もないころ。それから「旅を愛するすべての人たちへ」というコピーを考えた僕は、当時会社に定期的に来ていた英語の先生にその英訳を相談した。トラベラーズノートへの思いを伝えると、先生は「For all the travelers who have a free spirit」と書いて、こう言った。

「このフリースピリットは、自分の考えを持って、創造性や冒険心を大切にすることも意味するから、ぴったりだと思う」

 このコピーを気に入った僕は、ロゴに組み込みたいと思った。実際にロゴをデザインする必要に迫られると、僕はまだ入社して2年目の橋本に声をかけた。橋本とは、それまで何度か一緒に仕事をしていて、共感することも多かったし、旅が好きだと公言していたのだ。そして、そのまま自然と、トラベラーズノートのデザイン担当になった。もちろん、そのときはその後20年以上、トラベラーズノートの世界を広げていく仕事をしていくなんて想像していなかった。

 ロゴをデザインする際には、紙に描いた地球儀のイラストを使ったり、スタンプを作って紙に押したものをスキャンしたり、最後に出力した紙にセロテープでかすれた感じを出したり、橋本は手作りのような形でデザインした。

 今思うと、このロゴには、その名前にメッセージ、デザインのやり方も含めて、トラベラーズノートが伝えたいことがすべて詰まっている。多くのロックバンドは、ファーストアルバムに最高傑作が多く、そこに初期衝動からその後の音楽性の核まですべてが詰まっている、ということをよく言うけれど、トラベラーズノートのロゴこそ、僕らにとってのファーストアルバムなのかもしれないと思う。

 あれから20年経つけれど、今に至るまで一度もそのデザインを変更しようと考えたことはない。ずっとトラベラーズノートの世界を象徴する存在だったし、20年が過ぎたいまも古さを感じない(と思っている)。むしろ僕にとっては、あのときの前のめり気味な初期衝動や高揚感を思い出させてくれて、奮い立たせてくれる存在になっている。黒板に描きながら、そんなことを思った。

 黒板を描き終わった頃に、スタッフがやってきた。開店準備を始める彼らの邪魔にならないようにしながら、僕は黒板の写真を撮った。1階に降りると、小雨が降っていたのに、開店時間の前からお客さんがやって来て、入り口の前に並んで待っている。今回は抽選予約という形をとっていたので、当選者の方はゆっくりお買い上げいただける。それでも、少しでも早く手に入れたいという方がたくさんいて、オープンと同時に店内は、人でいっぱいになった。みなさん嬉しそうに、カードサイズ セットを手に取ってくれて、店内は笑顔に満ち溢れていた。

 20年前、トラベラーズノートが発売された最初の週末、僕は映画を観るために銀座に行った。そして、少し早めに銀座に着くと、まずは伊東屋さんに立ち寄って、トラベラーズノートを探した。そして、黒と茶の本体にわずか4種類のリフィルが並ぶ、トラベラーズノートのコーナーを見つけると、ドキドキしながら、しばらく眺めていた。僕がいる間は、そこで誰も買わなかったけれど、映画を観てからもう一度立ち寄った。そして、店頭に置かれたトラベラーズノートをあらためて数えてみると、1冊だけ減っていた。

 たった1冊だけど、このノートに興味を持って、お金を払って買ってくれた人がいる。もうそれだけですべての苦労が報われたような気がした。人でいっぱいのトラベラーズファクトリーを眺めながら、僕はあの頃の気分を思い出した。

 世界のどこかで、トラベラーズノートを見つけて、興味を持って手に取ってくれたすべての方に感謝します。20年間続けることができたのは、みなさんのおかげです。みなさんの暮らしが、トラベラーズノートを手にすることによって、少しでも楽しく、充実したものになってくれたら嬉しいです。これからもよろしくお願いします。