2026年10月26日

旅先の本屋

 何かのアンケートで、「旅に出ると必ず行く場所は、どこですか?」という質問があった。「はて、どこだろう?」 としばらく考えて、まず浮かんだのはカフェだった。ただ、旅先でカフェに行くことは多いけど、純粋にコーヒーを飲むとか、休憩や食事などの目的があって行くことが多い。一人旅であれば、それらの目的が果たせるのであればチェーン店に行くこともある。なんとなく質問の意図とは違うのかなと思った。

 で、次に浮かんだのが、銭湯と本屋だった。どちらも初めての町を訪れたときには検索をして調べるし、面白そうなところがあればできるだけ足を運ぶようにしている。たいていのホテルには、シャワーやお風呂が付いているからわざわざ銭湯に行く必要がない。本屋もほとんどの場合、旅の途中で必要があって行くわけではない。だけど、旅先で地元の人にまざって古くて味のある銭湯に入るのは至福の時間だし、旅先で思いがけず好みの書店を見つけるとそれだけで心がときめく。

 先月のアメリカ出張のときにも、何件かの本屋を訪れた(残念ながらアメリカには銭湯はない)。近年業績を回復しているというアメリカ最大の書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルから、ニューヨーク最大の独立系書店であるストランド・ブックストア、トンガったZINEがたくさん並ぶシカゴのマイオピックブックスまで、どこも賑わいを見せていた。本好きとしては、世界で最も先進的な国であるアメリカで本屋が元気なのは嬉しい。

 イベントの会場となったヨセカ・ステーショナリーの近くにあるハイ・バレー・ブックスは、今回の旅でもっとも印象深い古書店だった。ブルックリンの住宅街にある一軒家がその書店なのだけど、外には看板がなくて外から見ると普通の家にしか見えない。そこはオーナーの自宅も兼ねている予約制の書店なのだ。

 インターフォンを押すと、短めの白髪に黒縁メガネをかけた、映画に出てきそうな風貌のオーナーが家の中に入れてくれた。玄関のすぐ隣にある10畳ほどのリビングルームには、壁一面にぎっしり本が並び、さらにテーブルの上には古い雑誌や新聞などが無造作に置かれている。部屋に入るなり、僕は興奮して本棚を眺め、古雑誌を一冊ずつ手に取って表紙を確認していった。

 するとオーナーは、おもむろに部屋の奥へ行き、売り物として並んでいるレコード棚から、オリジナルの缶製のジャケットに入ったPILのアルバム「メタルボックス」を取り出してターンテーブルの上に載せた。重厚なベースと切り裂くようなギターに、ジョン・ライドンが歌う陰鬱なボーカルが、この古書店の雰囲気にぴったりで、僕の気分はさらに盛り上がった。

 オーナーは地下室があることを教えてくれたので、狭い廊下を渡り、薄暗い地下室に降りていくと、そこにはさらにたくさんの本が並んでいた。ヴィンテージのファッションや建築、デザインの雑誌、美術書、写真集に加えて、日本の雑誌のバックナンバーもある。どれも値段が高そうで、なかなか買うのは難しかったけれど、それらの雑誌から、比較的安価だった「American Girl」という名前の1967年発行の雑誌を買った。当時の女性誌らしく、その頃のファッションとかカルチャーが垣間見られそうだと思ったのだ。

 ちなみに、そのオーナーに翌日からトラベラーズノートのイベントがあることを伝えると、奥さんと一緒に足を運んでくれて、ノート作りを体験してもらった上に、トラベラーズノートも購入してくれた。本を仕入れるために世界各地を旅すると言っていたので、そのときに使ってもらえたら嬉しいな。

 これまで旅先で訪れて印象深かった書店というと、京都の恵文社一乗寺店を思い出す。まだトラベラーズノートが発売されて間もない頃、出張で福井を訪れた際に、京都に寄ってから帰ることにした。京都駅近くの書店で地元京都の雑誌を見ていると、恵文社一乗寺店が紹介されているのを見つけた(この頃はまだスマホがなかったから、本屋で情報収集するのが普通だった)。その雑誌には、京都の恵文社一乗寺店が、イギリスのガーディアンが発表した「世界で最も美しい書店10選」に日本で唯一選ばれていることを誇らしげに伝えていた。

 そこで、足を運んで感動したのを覚えている。本の品揃えはもちろん、その並べ方、さらに本とあわせて雑貨やステーショナリーなども並んでいて、高揚感とともに店内を巡った。その後も京都に行くときには、必ず恵文社一乗寺店を訪れ、少しずつお店の方と話ができるようになった。トラベラーズノートを販売してもらえるようになったときは、心から嬉しいと思った。それからも恵文社一乗寺店は、僕らにとっての憧れの書店で、何度かイベントを開催させてもらい、コラボレーションも行った。

 僕が書いた書籍『旅とノートの日々』が、この店で扱ってもらえることを知ったときは嬉しかったし、SNSでコメントとともに本を紹介してもらったときは、とても感慨深い気持ちになった。

 さらに先週、版元のミルブックスの藤原さんが、恵文社一乗寺店の9月の月間売上で3位になったことを教えてくれた。1位が、最近新装版として復刊したサローヤン著・伊丹十三訳の名著『パパ・ユーア クレイジー』、2位は、生誕100周年を記念してカバーがリニューアルした『茨木のり子詩集』。そして、3位が『旅とノートの日々』。ベストセラーでもない過去の名作が1位と2位に並ぶのが、いかにも恵文社一乗寺店らしいとも言えるけれど、それらの名作に続き、『旅とノートの日々』が3位。正直に言えば、誇らしいというより、むしろ恐れ多い気持ちにもなる。でも、初めてこの書店を訪れたときの自分がこのことを知ったら、どんな気持ちになるだろう、なんて想像をした。

 トラベラーズファクトリーが15周年を迎えた10月22日、ミルブックスの藤原さんが『旅とノートの日々』が重版になることを伝えてくれた。トラベラーズファクトリーで先行発売してから、約1ヶ月半。初版の部数はそれほど多くはないとはいえ、手に取って読んでくれている方が少なからずいることを知って、まずはほっとした。周年記念日に、周年のお祝いの言葉とともに、そのことを伝えてくれた藤原さんの心憎い気遣いも嬉しかった。

 重版と言っても、その部数もささやかなもので、もちろんベストセラーとは程遠い。だけど、恵文社一乗寺店をはじめ、松山でトラベラーズノートを長く大切に扱ってくれているReiseTascheやアアルトコーヒーが運営する徳島の14g、沼津のweekend booksなど、僕らの大好きなお店が届けてくれているのも嬉しい。少しずつでもいいので、届くべき人のもとに届けばいいな。