Hello Spring, Let's Take a Trip!
大学卒業前の長い春休み、僕はトルコを旅していた。
イスタンブールを起点にまず黒海沿岸を巡った。沿岸を東に進むほど町は閑散として、観光客も少なくなった。その上、寒くどんよりした天気が続き、僕はうら寂しい気分になっていた。朝は海岸を散歩し、昼はチャイハネで本を読みながらお茶を飲み、夜になるとハマムと呼ばれる銭湯のような施設に行き、時間をつぶした。
ちょうどその頃、大学の成績発表があり、ぎりぎりの成績だった僕は単位が取れて卒業ができるのかどうかを、友人に確認してもらう約束をしていた。
発表があった日。郵便局に行くと、時差を計算して友人に国際電話をした。友人は、僕が無事卒業できることに加えて、留年になった同級生がいることを教えてくれた。ホッとしたのと同時に、まだ学生を続けられる友人を少しうらやましく思った。
安心するとお腹が空く。僕はロカンタと呼ばれるトルコの大衆食堂に入った。店内では地元の人たちがテレビのサッカーに熱中して騒がしい。そんな中で一人イワシのフライを食べながら、この旅が終わったらいよいよ会社員になるのかと憂鬱な気分になった。
寂しい
翌日、長距離バスを乗り継いで、カッパドキアへ向かった。そこは有名な観光地で、同じ年頃の日本人旅行者にも出会うことができた。それまでの寂しさを埋めるように、そこで知り合った男女四、五人のメンバーと一緒に観光名所である奇岩群や洞窟教会を巡った。
それはそれで楽しかったのだけど、何日か過ごすうちにその雰囲気が学生サークルのようで、このまま一緒にいると旅が陳腐になってしまいそうな気がしてきた。そろそろ一人で別の場所に移ろうと思った。僕はバスターミナルで翌日のバスの切符を買うと、ホテルに戻り、フロントに翌日チェックアウトすることを伝えた。
ホテルのカフェでお茶を飲んでいると、一緒に行動していたメンバーの一人の女の子がテーブルにやって来て、「実は相談があるんだけど…」と、深刻な顔で僕に話しかけた。
「あの人、いい人なんだけど、いきなり結婚してくれって言うんだよ」
つまり、ホテルのスタッフの男性からプロポーズされたとのこと。そういえば、彼はその女の子に特に優しく、どこかに行きたいと言えば、場所を教えるだけでなく実際に連れて行ってガイドまでしてあげていた。彼女はそれを旅人に対する純粋な優しさだと思っていて、「トルコの人って優しいね」なんて言っていた。
イスラム教の国では、厳しい戒律を気にしなくていい外国人女性はモテるとも聞いていたので、「そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな」と軽くアドバイスした。「そうだよね……」彼女は納得したような、しないような微妙な表情をして言った。
翌日、朝食を食べていると、再び彼女がテーブルにやってきた。
「彼に結婚は無理って断ったんだけど、どうしてダメなのってしつこいんだよ」
「大変だね。トルコ人男性と日本人女性のカップルを見たこともあるしなあ」
「親に会ってくれ、なんてことまで言ってくるから、面倒になって他に好きな人がいるって言ったの。それで、誰なんだって聞かれたから、あなたの名前を出しちゃった」
ふと彼女の向こう側を見ると、そのスタッフがこちらを睨むように見ていた。その視線にたじろぎつつ、今度はこちらがドキドキした。
そんなことを話しているうちに、バスの発車時刻が近づいてきた。僕は突然の展開に、かなり後ろ髪を引かれる思いでホテルを出てバスに乗った。出発の直前、彼女の次の行き先を確認し、偶然を装うように「自分もそこに行くつもりだったんだ」と言った。だけど、後日、実際に行ってみたのに、彼女と二度と会うことはなかった。今だったら、旅先でもLINEを交換して連絡できるのかもしれないけれど、あの頃は携帯電話もインターネットもなかった(あっても結果は変わらなかったかもしれないけれど)。
東京では、桜が開花した。春の訪れを告げる暖かい風を浴びると、新しい生活への不安や寂しさ、そして新しい出会いへのほのかな期待が複雑に絡み合った、あのときの気分を思い出します。同じ話をかなり前にブログに書いてけれど、他に書くこともないので、また書いてみました。あれからもう35年くらいは経つけれど、気持ちは、あのときとまったく変わったような気がしません。相変わらず落ち込んだり、悩んだり、寂しくなったり、うろたえたりしながら、春を迎えています。
春の暖かい風は、私たちを旅へと誘います。また、卒業、入学、就職など、新しい生活が始まる季節です。旅を人生に例えるなら、春はまさに新たな旅立ちの季節でもあります。皆様もよい旅を。