2026年2月 2日

Love and Mercy

 先週末は、トラベラーズファクトリーで毎年恒例のアアルトコーヒー庄野さんによるカフェイベントを開催した。庄野さんが中目黒に来て、コーヒーを淹れてくれるこのイベントは、もう何回目になるのだろう。

 最初に庄野さんと会ったのは、2009年。今から17年前になる。あのときは、まだトラベラーズファクトリーはなく、トラベラーズノートが発売されて3年経った年で、僕は40歳。石井さんや橋本と車で徳島に向かい、アアルトコーヒーを訪れたのが最初だった。

 あれから17年経って、僕も庄野さんも今年で57歳になる。庄野さんは、年末の風邪からぎっくり腰、さらにぎっくり腰が落ち着くと今度は喘息が悪化。そんな中で増え続けるオーダーのために、焙煎の仕事に追われる。まさに満身創痍の中で中目黒に来てくれた。

「体調がすぐれないのに、ありがとうございます」と挨拶が終わって僕が言うと、「年取るといろいろガタがきますからね」と庄野さんは答えた。それからお互いの体の不調を確認しつつ、イベントの準備を始めた。

 庄野さんが脱サラしてアアルトコーヒーを始めたのは、トラベラーズノート発売の1カ月前、2006年2月。トラベラーズノートと同じように、アアルトコーヒーも今年20周年を迎える。庄野さんも僕らも出会った2009年と比べると、お互いの状況に多少変化はあるけれど、とにかくどちらもあの頃と同じように、それぞれコーヒーとノートを飽きずに作り続けられている。それだけでけっこう大変だし、すごいことだと思っている。

 今回は、バレンタインが近いということで、庄野さんはいつものトラベラーズブレンドとあわせて、バレンタインブレンドを淹れてくれた。バレンタインブレンドは、庄野さんがバレンタインをイメージして焙煎したコーヒーで、深煎りの甘くてちょっとほろ苦い恋のようなコーヒー。そんなコーヒーを作るくらいだから、庄野さんは、ロマンチストなのだ。

 トラベラーズファクトリーでも、バレンタイン&ホワイトデー企画、LOVE AND TRIPが始まっている。昨年1年間は、トラベラーズ自体がLOVE AND TRIPをテーマにした年だったこともあって、毎年定番のバレンタイン&ホワイトデー企画として、あらためてLOVE AND TRIPを考えてみたら、ちょっと不思議な気分になった。

 もともとLOVE AND TRIPは、いつもお世話になっている方にさりげなく感謝の気持ちを伝えたり、大切な人に想いを伝えたりする、そんなロマンチックな気分を盛り上げたいと思って始めた企画だった。そんな中で2025年のトラベラーズノートのテーマをLOVE AND TRIPにした理由は、戦争が続き、分断を煽るような声が強まっている状況に対するトラベラーズとしての声を発したかったからだ。ヘイトの声が強まるからこそ、ラブを高らかに宣言したいと思ったのだ。

 だけど、どちらにせよ大切なのは誰に対しても一人の人と向き合い、その人の気持ちを尊重し大切にすることだ。ニュースを見ていると、どうしても国とか人種、宗教など大きな主語に惑わされてしまうけれど、どれも1人の人間の集合体でしかない。その1人を想像し、向き合うことを忘れないようにしたい。

 初めてアアルトコーヒーを訪れたときのこと。庄野さんとコーヒーやノートのことをいろいろ話して、店を後にしようとするタイミングで、店内のBGMが「ルナ」というバンドの曲に変わって、僕は思わずニヤリとした。

 大学生の頃、僕はギャラクシー500というアメリカのバンドが好きだった。ボーカル兼ギターとドラムの二人が男性、ベースが女性の男女混合のスリーピースバンドで、どこか投げやりで弛緩したようなサウンドが寝る前に聴くのにぴったりだった。1991年に初来日することになり、僕はチケットを手に入れていたのに来日直前で解散。ライブはキャンセルされてしまった。

 その後、雑誌に掲載されたボーカル兼ギターのディーン・ウェアハムのインタビューを読んで解散の理由を知った。

「ドラムのデーモンとベースのナオミが付き合うようになってさ、多数決をすると僕は必ず負けてしまうんだよ」そんなことを語っていて、プロでも学生バンドみたいな解散理由があるのだな、と思った。解散後、ドラムとベースは二人でデーモン&ナオミを結成(二人で音楽ができるのがうれしくてしょうがないようなバンド名だ)。そして、ボーカル兼ギターのディーンは新しいバンド、ルナを結成した。

 当然のように僕は振られた側、つまりひとりぼっちで取り残された側であるルナの方にシンパシーを抱いた。帰り際にアアルトコーヒーで流れた「Tracy I Love You」は、ルナによる悲しいラブソングだった。

 徳島でのキャラバンイベントの打ち上げで、ふと思い出して僕がこの話をすると、庄野さんも「そうそう、三角関係のもつれで解散したんだよ」と言って、盛り上がった。庄野さんもまたギャラクシー500が好きだった。一方、この手の音楽に興味がない他のみんなは、「また始まったよ」という感じで、露骨につまらなそうな顔をしたので、僕は後ろ髪をひかれながら話題を変えた。

 庄野さんは、トラベラーズファクトリーのコーヒー師匠のような存在であり、仕事の大切な仲間でもあり、さらに同級生の同じ音楽が好きな友人でもある。17年の付き合いと言えば、小学校から中学校、高校まで足した年数よりも長い。そうやって長く付き合っていける仲間がいるのも、トラベラーズを20年続けてきた財産だと思う。

 ちなみにその後、ルナのディーンは、メンバーチェンジで加入した女性ベーシスト、ブリッタと恋愛関係になり結婚。ルナを解散し、晴れてディーン&ブリッタを結成した。2025年現在もディーン&ブリッタとして活動している。やっぱり、必ず最後に愛は勝つんですね。

 今週末は選挙です。個人的には、もう右も左も関係なくて、ただヘイトではなくラブを大切にしたい。さまざまな違いに寛大でお互いを尊重し、助け合い、優しく受け入れられる。そんな社会を希求します。そのためにどうすればいいのか。できることは少ないかもしれないけれど、それでもできることを真剣に考えていきたい。