海辺の叙景
「マンガ家・つげ義春のいるところ展」を見るために、調布へ行ってきた。記憶ではついこの間のような気がするけれど、3年前にも同じ場所で、つげ義春氏の展示会が開かれていて足を運んでいた。
調布に行くには、最寄りの駅から地下鉄に乗って、都営新宿線に乗り換えてから、さらに笹塚で京王線に乗り換える。都営新宿線から先のルートは、実家から八王子にあった大学まで毎日通っていたルートでもあるから、どこか懐かしい気分に浸りながら、3年ぶりに調布駅に向かった。
つげ義春氏は、長く住んでいたことがあり、調布を舞台にした作品も多い。この頃の作品には、作者自身のような主人公が、漫画を描くのに疲れ、いかに楽をして生活できるかと、趣味の中古カメラを売ろうとしたり、あげくは多摩川に無数に落ちている石を拾って売ることを仕事にしようとする。結局どれも失敗するのだけど、生活力が乏しく欲望のハードルも低い主人公が、奮闘しながらも淡々と慎ましく暮らしていく姿がユーモアたっぷりで描かれていて楽しい。展示会では、これらの調布にちなんだ作品の複製原画をたくさん観ることができた。
昨年末より、つげ義春の漫画を原作にした映画『旅と日々』が公開され、僕自身も先月映画館で観ていた。そのこともあって展示会では、その映画の原作のひとつでもある『海辺の叙景』の複製原画が全ページ展示されていた。
孤独で心が晴れない日々を過ごしている主人公の男は、気分転換に東京から房総の海にやってくる。海岸でぼんやりと海を見ていると、同じくらいの年頃の女性に出会う。彼女もまた、賑やかな海辺の若者たちと馴染めず、どこか孤独を抱えているように見える。二人は、海岸を離れて、話をしながら付近を散歩するうちに、少しずつお互いの距離が近くなるのを感じる。散歩を終えると、翌日同じ場所で会うことを約束して別れる。
すると、翌日は雨。激しい雨の中、主人公は海岸の貸しボート屋の軒先で雨をしのぎながら待っていると、女性は少し遅れてやってくる。彼女は少し恥ずかしそうに、勇気を出してビキニを着てきたことを伝える。主人公もまた勇気を出して、「すごくきれいだよ」と伝える。二人は海に入ってしばらく泳ぐと、女性は、主人公の泳ぎを褒める。すると、主人公は得意になってひとり沖に向かって泳いでいく。そして最後は、荒波に向かって泳ぐ主人公を見ながら、女性が「あなたすてきよ」「いい感じよ」と呟いて終わる。
つげ義春氏には珍しい、爽やかな青春のワンシーンを切り取ったような作品ではあるけれど、氏特有の、華やかな世界に馴染めない鬱屈した世界観に包まれている。最後のシーンは、雨が降る暗い海の中で泳ぐ主人公のシルエットと、それを見守る女性の後ろ姿が、見開きページに緻密なタッチで描かれている。これまでの人物のアップから、海の風景を俯瞰して描くことで、美しさと同時にそれぞれの孤独を浮き彫りにしながらも、それがかすかな線で繋がっているのを感じることができる。未来には、当然不安もたくさんある。だけど、希望だってあることを感じさせてくれる。
『海辺の叙景』は、これまで何度も読んでいたけれど、氏の執念を感じるくらいに緻密に描き込まれた原画で、ゆっくり読むのは特別な体験になった。3年前同様、今回も来て良かったと思えた。
つげ義春氏の作品には、何か心を落ち着かせ、気持ちを楽にしてくれる効能みたいなものがある。だから僕は、病院で点滴を打ってもらうように、ときどき無性に氏の作品に触れたくなるときがある。この世界には、心を悩ませ、不安にさせるようなことがたくさんある(先週も同じようなことを書いたなあ)。だからこそ、心を穏やかにしてくれる自分にとっての点滴を確保しておく必要がある。
そして、トラベラーズノートもまた誰かの点滴であってほしいと思う。暗く厳しい海の中で、もがくように泳ぐ人と人を繋ぎ、光を与えてくれるような存在になってほしい。そのために、つげ義春氏の原画のように、孤独に寄り添いながら、世界を俯瞰して眺め、心をこめて丁寧に実直に執拗にペンを入れていく。僕らがトラベラーズノートを通じて、やりたいことはそういうことだ。
先週末、オズマガジンの元編集長で、現在はメトロミニッツの編集長をしている古川誠さんによる小説を4編収録した短編集『どこまで歩いたら この日々の 向こうにいけるのだろう』が手元に届いた。ちょうどトラベラーズノートのリフィルと同じくらいのサイズの、ZINEのような丁寧に手作りされた本で、まずは手にとってパラパラとめくりながら、古川さんらしいなと思った。
さっそく電車で読むと、小説はもっと古川さんらしい。誠実で優しく、だけど芯みたいなものはしっかりとある。読みながら、ほっと心が温かくなって、自分ももうちょっとがんばってみようと思える。そんな小説でした。気になる方は、インスタの @sentimentalpunks をチェックしてみてください。