2025年11月 4日

Asleep

 三連休、トラベラーズファクトリー中目黒ではスペインのアーティスト、アイトール・サライバさんの展示イベントを開催した。アイトールさんはコロナ以降毎年、仕事と休暇をかねて日本に来ていて、その際にここ数年は毎年、トラベラーズファクトリーでイベントを開催している。

 今回、展示イベントにワークショップとあわせて、コラボレーションリフィルを製作することになった。アイトールさんは、中の紙はジャバラ、表紙はピンクの紙にアイトールさんのイラストをゴールドの箔押しをあしらいと希望を伝えてきた。僕らは「もちろん、問題ないですよ」と返事をしつつ、ピンクの紙にゴールドの箔押しを指定するなんて、ポップでかわいいものが好きなアイトールさんらしいな、なんて思っていた。

 その後、アイトールさんから届いたのは、大きなハートに顔が描かれ、まさにピンクの台紙にぴったりのかわいいイラストだった。だけど、よく見るとハートの中の顔は、どこか寂しげで涙がこぼれている。アイトールさんのメールには、この絵のテーマが添えられていた。それによると、このイラストのタイトルは「Asleep」で、イギリスのバンド、ザ・スミスの曲をイメージして描いたとのこと。

 この曲は、僕も大好きなんだけど、なかなか切ない歌詞だ。

「Sing me to sleep
 Sing me to sleep
 I'm tired and I want to go to bed

 僕が眠れるように歌ってほしい
 僕が眠れるように歌ってほしい
 僕はもう疲れたんだ ベッドに行って眠りたいんだ」

 悲しげなピアノの旋律とともに、ヴォーカルのモリッシーが子守唄を歌うように曲ははじまる。

「Sing me to sleep
 And then leave me alone
 Don't try to wake me in the morning
 'Cause I will be gone
 Don't feel bad for me
 I want you to know
 Deep in the cell of my heart
 I will feel so glad to go

 There is a better world
 Well
 There must be
 Well, there must be
 Well...

 僕が眠れるように歌ってほしい
 そして、ひとりっきりにしておいて
 朝になっても起こさないで
 だって、僕はいなくなるんだ
 僕のことを気の毒に思わないで
 きみには知ってほしいんだけど、
 僕は心の底からいなくなりたいって思っているんだ

 ここではない別の世界があるんだ
 
 もっと素敵な世界があるんだ
 きっとあるはずだよ」

 大きな悲しみや傷を負って、自分なんかこの世からいなくなればいいという絶望感を歌った曲だ。最後にはモリッシーが「Bye Bye…」とつぶやくように歌う救いがない曲でもある。

 アイトールさんは、実際に会うと本当に明るくて楽しい人で、ワークショップでは、その人柄もあってハッピーでポジティブな空気が溢れている。かわいいものが大好きで、いつもモンチッチを持ち歩いている。ワークショップでもみんなの前でモンチッチを無邪気に可愛がる姿を見せて、そのことで和やかな雰囲気が生まれている。

 そんな温かな雰囲気のワークショップで、アイトールさんは、自由に好きなように作ってほしいと言う。失敗しても気にしないでいいし、ここでは誰もジャッジをしないし、安心して制作してほしいと伝える。実際にワークショップでは、アイトールさんは参加者みんなに、「いいねー」とか「とってもすてきです」と声をかけている。最初は恐る恐る手を動かしていた参加者も、そんな声に安心し、終盤になると、みんなアーティストのように作ることに熱中する。今回のワークショップでも、ハッピーな空気の中で、みんなの中にある創造性が引き出され、誰もが充実感を抱きながらイベントが終わった。

 あらためて、展示されている作品を眺めてみると、アイトールさんが大きな悲しみや傷を知っているからこそ、ハッピーでいることの意味や大切さを伝えようといるのが分かる。もしかしたら、「Asleep」の歌詞のように、自分自身もこの世から消えてしまいたくなったこともあるのかもしれない。だからこそ、世界をハッピーにするために、人をハッピーにするために、自分をハッピーにするために、切迫感とともに何かをクリエーションしているのかもしれない。

 そのレベルはまったく違うけれど、僕にだってそういう思いがあるし、トラベラーズノートに何かを描くこともそれに近いものがあるのかもしれない。トラベラーズノートもまた寛大で、ジャッジをしないし、下手な字を味があると思わせてくれる力がある。

 アイトールさんは、コラボレーションリフィルのリフィルに、モリッシーのイラストに歌詞を書き、ライブのチラシやチケットなど貼った使用例を持ってきて、僕に見せてくれた。その表紙の裏にはポケットが貼られていて、その中には端切れのような生地が入っていた。それは、2015年のバルセロナ公演でモリッシーが観客席に投げ込んだシャツをアイトールさんが掴み取って、手に入れたものとのこと。

 アイトールさんはその端切れを半分にカットすると、それを僕にプレゼントだと言って渡してくれた。僕は思春期の頃からのモリッシーファンだから、もちろん嬉しかったんだけど、それをアイトールさんからもらったという事実により嬉しさを感じた。トラベラーズノートを通じて出会えたスペインのアーティストが、僕と同じように音楽に影響を受けて、それを共有しながら、今一緒に仕事ができている。僕だって、この世界から消えたくなるような気持ちになったことはあったけれど、がんばってきてよかったなと心から思った。