バンコクの下町
チェンマイからバンコク行きの飛行機の出発時間は、なぜか朝の6時半という普段ならぐっすり眠っているような時間で(僕が予約したんだけど)、まだ真っ暗の4時50分ごろにホテルを出て、空港に向かった。空港でチェックインをして、コーヒーとパンで簡単な朝食をとると、一度空港の外に出てこの日はじめてのタバコを吸った。
外はまだ薄暗かったけれど、うっすらと明るくなり始めていた。日本の田舎町の早朝に感じるのと同じ匂いがするような気がして、懐かしい気分になった。早起きは三文の得という言葉の通り、僕はちょっと得をした気分でゆっくりタバコを味わい、再び空港に戻った。
バンコクには、朝7時半ごろに到着。まだ朝早かったから、いつもバンコクの空港を出ると感じるモワッとした熱気もそれほど激しくなかった。空港からホテルに着くと、とりあえず荷物を預けた。この日は日曜日。リサーチという名目で町を歩くことにした。
ホテルを出て町に出ると、バンコクらしく騒々しくて排気ガスの匂いが漂っていた。本来なら、先にバンコクを回ってからチェンマイに行った方が、静かで穏やかな雰囲気をより一層感じられるのだけど、今回は翌日に打ち合わせが入ったため、チェンマイ→バンコクという行程になってしまった。
バンコクでは、行きたい店があった。ちょうど11月にタイでスタンプキャラバンというイベントを開催したのだけど、その中にまだ未訪問の素敵そうなお店があった。ただ、その店のオープンまではまだ時間がある。そこで、その近くのショッピングモールに立ち寄って、その中に入っているタイのロフトを見てから行くことにした(リサーチだからね)。
一緒に出張しているスタッフが携帯で路線を調べると、地下鉄の最寄りの駅は、ファランポーンとのこと。ファランポーンといえば、タイ国有鉄道の始発駅だ。15年ほど前に寝台列車でバンコクからチェンマイまで行ったときの出発駅でもある。久しぶりにファランポーン駅も覗いてみることにした。
地下鉄駅からほとんど人が歩いていない長い地下道を歩いて地上に出ると、なぜかホームに直接出た。外国の出発駅らしく駅を背に行き止まりのホームが何本か並行に並んでいる。そのひとつを歩くと、誰も乗っていない電車が止まっていた。なんとなく電車に乗って、電車の中を歩いていると、気分も盛り上がる。このままどこか遠くに行きたくなる。端まで歩いて電車を降りると、何人かの駅の職員らしき人がホームの地べたに座って鉄の柱に寄りかかりながら、スマホをいじっている。勝手に電車に乗っていた僕らは、怒られるかなと多少身構えながら、その脇を歩いたけれど、彼らはそんな僕らを気にすることもなく、スマホをいじり続けた。そんなタイのゆるい感じが、やっぱり好きだな。
駅の待合室は、ガランとしてほとんど人がいない。前に寝台列車に乗ったときには、昔の上野駅のように、帰省客から荷物をたっぷり持った出稼ぎ帰りらしき人、それにバックパッカーがたくさんいて、みんな床に直接座って、ひまわりの種なんかつまんでいたのに、そんな人は誰もいなかった。あらためて調べてみると、2023年に交通渋滞や利便性の向上を目的に別の場所にターミナル駅ができたようで、ファランポーン駅の路線も利用客も大幅に減っているようだ。
駅を出ると、その前にはヤワラーと呼ばれる中華街が広がっている。学生時代に初めてバンコクに行ったときは、ヤワラーにある安宿に泊まった。中華街らしいゴチャゴチャした街並みに心を踊りながら歩くと、僕はふと思い出したように「そういえば、この辺ではフカヒレの定食が安く食べられるんだよね」と言った。
トラベラーズノートが発売される前だから25年くらい前。当時会社でやっていた雑貨屋の仕入れの手伝いでタイによく出張をしていたのだけど、そのとき、ヤワラーでフカヒレ定食をよく食べていた。当時でも確か2000円くらいしたから、他の食べ物と比べると、決して安くはないのだけど、その形が分かるくらいたっぷりのフカヒレが土鍋でぐつぐつ煮た状態で出てくるのが、おいしかった。
久しぶりに食べたいなと思って、店の前に掲げられたメニュー表を見てみると、フカヒレのサイズにあわせて、5種類くらいの価格が書かれている。その一番安いものが日本円にすると8000円。悩むこともなく諦めて、「ショッピングモールのフードコートで食べよう」と僕は言った。
チャオプラヤー川を渡し船で渡った先にあるモールでロフトを見て、トムヤムラーメンやパッタイなどを食べて、再び渡し船に乗ってヤワラーに戻る。そして、目的地のひとつ、Woot Woot Store に行った。
倉庫の一角をリノベーションした店内は、広々としてそこにたくさんのヴィンテージグッズが並んでいる。僕らは目を輝かせながら、所狭しと並んでいる椅子や看板、アクセサリーに古着などを眺めた。僕はレジカウンターにいる店主らしき男性に、「あの、トラベラーズノートはありますか? 私たちはトラベラーズノートを作っているんですけど」と声をかけた。すると、彼は「ああ、トラベラーズノートは上にありますよ」と言った。彼が指を指す方を見ると、天井が高い壁面にロフトがある。早速、僕らは階段を昇って2階に行った。
2階は雑貨コーナーのようになっていて、その奥にはトラベラーズノートのコーナーがあった。ヴィンテージの家具や什器を使って丁寧に素敵に並べられている。僕は嬉しくなって、そこにいた女性スタッフに「私たち、トラベラーズノートの会社のものなんですが、写真を撮っていいですか?」と声をかけると、「もちろんです」と笑顔で答えてくれた。
バチバチと写真を撮っていると、彼女は「私のコレクションを見てください」と言って、店の奥からアクリルの什器に並んだトラベラーズノートのコレクションを見せてくれた。そこには過去のコラボレーションやダイアリーの下敷から、トラベラーズファクトリーの限定商品などが並んでいる。「トラベラーズノートが大好きで、トラベラーズファクトリーにも何度も行ってるんですよ」と話しながら、そのときの写真を見せてくれた。その後も、お店のスタンプを押したり、一緒に写真を撮ったりして、楽しい時間を過ごした。
Woot Woot Store もそうだけど、ヤワラーには古い建物をリノベーションした素敵なカフェや雑貨屋がたくさんあった。この辺りは、小さな町工場に資材問屋などが多くあり、東京で言うと蔵前とか浅草橋、北千住のようなエリアだ。その下町の趣を活かした新しい店が増えているのは、おもしろい発見だった。バンコクには巨大なショッピングモールも増えているけれど、どこもそれほど変わらないモールよりも、こっちの方が僕は好きだな。
そんなわけで、今年最後のブログがタイの旅日記になってしまったけれど、それもまたトラベラーズらしくていいのではないか、なんて思ったりもします。2025年もありがとうございました。2026年も良いお年を。そしてよい旅を!