2021年4月19日

鎌倉よりみち散歩旅

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1ヶ月前のこと。訳あって、久しぶりに有給休暇をとって鎌倉へ日帰りひとり旅をした。平日の朝、いつもの時間に家を出ていつもの駅で電車に乗り、途中の駅でいつもと違う電車に乗り換える。乗客も少なく、独り占めのボックスシートから車窓の風景を眺めていると、じわじわと旅気分が盛り上がってきた。
 
10時ごろ鎌倉駅に着く。さて、どうしようか。いくつか行きたい場所はあるのだけど、どう歩くのかは考えていない。とりあえず賑やかな小町通りに繋がる東口とは逆の静かな西口から外へ出た。
 
すると、駅前に本屋さんがあったので覗いてみることにする。入り口のワゴン棚に週刊誌や子供向け雑誌が並ぶいかにも街の本屋といった佇まいだ。そういえば最近こういう本屋は少なくなったな。店内に入ると、街の本屋特有のインクの匂いがして、懐かしい気持ちになった。棚を眺めると予想に反して興味をそそる本がたくさんあって胸が高鳴った。旅先で気に入った本屋に出会うと、必ず一冊は本を買うようにしている。ここでの一冊を探してゆっくり棚を眺めた。平積みで置かれていた田村隆一氏の『ぼくの鎌倉散歩』という本が目に留まり、手に取ってパラパラとページをめくってみる。
 
「稲村ヶ崎の谷の奥にあるわが家の裏山から極楽寺におりる山道はすばらしい。裏山には超ミニの熊野権現の小社があって、小さなリンゴが二つ供えられていたりする。それからグミの実が落ちている山道をのぼりつめると、夏草におおわれていた細い十字路もくっきりあらわれて......」こんな文章を見つけた。稲村ヶ崎から極楽寺の山道か。このルートを歩いてみようかな、そう思い立つと、本を購入し、足早に江ノ電の乗り場へ向かった。
 
江ノ電に乗ると、子供みたいに一番前の席に座り、運転席越しに鎌倉の景色を楽しんだ。稲村ヶ崎駅を降りと、まずは海岸まで歩き海を見る。海岸の前の堤防に腰を下ろし、『鎌倉散歩』のページを開くと、この場所を描いた詩を見つけた。
 
「鎌倉由比ヶ浜の 稲村ヶ崎にかけての 
 白い波頭を見ていると  黒潮の 
 動きが手にとるように分かってきて 
 無数の生き物 無数の性の 
 歓びと悲しみがぼくの心に ひびいてくるのさ」
 
空は雲に覆われてはいるけれど、春の暖かい空気が体を包んでくれる。しばらくぼーっとしながら、不規則に繰り返す波の動きを眺めた。いやあ、気持ちいいなあ。 
 
『鎌倉散歩』によると、かつて田村氏が住んでいた家の裏山は、稲村ヶ崎駅を北に歩いた突き当たりにあるという。グーグルマップで方向を確認しながら、閑静な住宅地を歩いた。突き当たりらしき場所に着いたけれど、裏山の道はグーグルマップには記されていない。それっぽい場所を探して、なんとか山に入る道の入り口を見つけた。それでも不安になりながら山道を登り、『鎌倉散歩』に書かれていた熊野権現社の石碑を見つけた時は「やった!」と思った。
 
そこから先はまさに山登りといった感じで、木影で木の実をたべるリスを見たりしながら、ハイキング気分で歩いた。だけど、勝手の知らない山道。『鎌倉散歩』ではその後、月影地蔵を経由し、極楽寺に抜けるはずなのに、鎌倉山に出たり、元に戻ってしまったりして、何度もグーグルマップとにらめっこしながら、1時間以上迷いながら歩いて、やっと極楽寺の手前の道路に抜けた。
 
極楽寺に着くと、味のある佇まいの中華屋を発見。本当は別の店でランチをしようと思っていたけど、山道を長い時間歩いてすっかりお腹も空いていたし、喉も乾いていたので、誘惑に負けて扉を開けた。素朴な味付けのカニチャーハン、おいしかったな。
 
そこからは、鎌倉駅に向かってずっと歩く。途中長谷寺を散策し、鎌倉駅近くの雑貨店モルンへ。3年前にオズマガジンのよりみちノートイベントで、お会いして以来、久しぶりに店長の佐々木さんとお話をすることができた。そして、鎌倉に来ると必ず立ち寄るカフェ、ヴィヴモン・ディモンシュでコーヒーをいただく。『鎌倉散歩』の残りのページを読んだり、ノートに旅の記録を記したりしてのんびり過ごしていたら、外はだんだん薄暗くなってきた。
 
旅の最後は、最初から銭湯に行こうと決めていた。事前に調べていた近辺に唯一残るという昭和30年創業の清水湯だ。
 
「昼間の銭湯は、平安と静けさにみちみちていて天窓から光がゆったりとさしてきて、ボォーっと湯気ととけあって...。ま、あの味を覚えたら、立身出世しようなどとは夢にも考えられなくなる」
 
田村隆一氏も『スコッチと銭湯』で平日の昼間の銭湯を魅力的に書いている。ディモンシュですっかりくつろいでしまい、足が重くなってきたけど、明るいうちにお風呂に入ろうと、足早に清水湯に向かった。
 
清水湯にたどり着くと非情にも「コロナ禍のため週3日のみの営業になります」と書かれた張り紙が貼られ、扉は固く閉ざされていた。しばらく呆然としたけれど、また次に鎌倉に来る理由ができたと前向きに考えて、再び鎌倉駅の方へ向かって歩いた。その後、大船で途中下車して無事に別の銭湯に入って、平日日帰り旅を締め括ることができた。
 
オズマガジンの井上編集長にお声がけいただき、今月より新連載の「よりみちノートを始めよう』というコーナーにトラベラーズカンパニーが協力させていただくことになった。その1回目が鎌倉特集ということで、この鎌倉の日帰り旅を記したノートと写真を掲載してもらっている。B-Sides & Rarities ジャバラに旅の記録を描いてみたのだけど、まさに旅を反芻するように楽しく描くことができた。
 
旅の記録とジャバラは思った以上に相性が良さそうです。オズマガジン、見かけたらぜひ手に取ってみてください。
 
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