2021年4月26日

小さな本屋を開業したことを綴った本

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ウィークデイのある日、18時を少し過ぎたところで、仕事が一息ついた。今日はみんなテレワークだったり、出かけていたりして、オフィスには僕ひとり。いつもより少し早いけど、オフィスの鍵を閉めて帰ろうかなと思っていると、ふと買いたい本が1冊あったのを思い出した。
 
盛岡にある本屋、BOOK NERDの店主が本を出版したことをフォローしていたインスタで知り、買おうと思っていたのだ。インスタを再度チェックしてみると、その本を扱っている本屋が掲載されている。その中でSUNNY BOY BOOKSという店がここから2キロほどの距離で一番近い。電車に乗れば一駅分だけど、あえて歩いて行くことにした。
 
グーグルマップの指示通り歩いていくと、賑やかな繁華街を抜けて、閑静な住宅街に向かって行った。こっちでいいのかなと少し不安になりながら歩いていると、薄暗い夜の住宅街の中でぼんやりとやさしいオレンジ色の明かりを灯す小さな建物を見つけた。僕は砂漠でオアシスを見つけたような気分になり思わずにんまりして、店の中へ入った。
 
狭い店内には、古書に新刊、Zineが分け隔てなくぎっしり並んでいる。本の背表紙を追いながら棚を眺めていると心に引っかかるような本がいくつも見つかった。客は他に誰もいない。店内のBGMでは、女性シンガーがアコースティック楽器での演奏をバックに、英語でも日本語でもない言葉で、静かだけどじんわりと心に染み入る歌を唄っている。
 
目にとまった本を手にとり、ぱらぱらめくっていると心が落ち着き清々しい気分になっていった。狭い店内で30分ほどゆっくり本を眺めて過ごすと、お目当ての本『ぼくにはこれしかなかった』と、アメリカのホーボーについて書かれた本をレジに持っていき、名残惜しい気持ちで店を出た。夜の少し冷たい風を浴びながら、住宅街の人通りの少ない道を歩いていると、まるでお風呂上がりのように心がぽかぽかと温まっているのを感じた。
 
『ぼくにはこれしかなかった』は、BOOK NERDの店主、早川大輔氏氏がサラリーマン時代を経て、BOOK NERDを開店、そんな中での挫折や苦悩、仕事の喜びを体験談を交えながら丁寧に綴っている。自分がほんとうに好きなものを人に届けることを生業としたいと盛岡で本屋を開業することを決め、さらにそれを生業として成立させようと奮闘する姿に共感と憧れを感じながら一気に読み進めた。
 
BOOK NERDを最初に知ったのは、3年前にトラベラーズファクトリーとして出店したイベント アルプスブックキャンプだった。会場内を歩いていると、ふとずっと探していたブローティガンの『東京モンタナ急行』を見つけ、思わず手に入れたのが、盛岡から出店していたBOOK NERDのブースだった。さらにその年の夏にたまたま旅先として盛岡を訪れることになり、その実店舗にも立ち寄ることができた。
 
『ぼくにはこれしかなかった』には、オープンして1年が経過したあの頃の店の実情や、その時店主と話をして聞いていたアメリカでの本の買い付けの旅の詳細も書かれている。それらを興味深く読みながら、BOOK NERDの本の品揃えやレコードプレイヤーから流れるBGM、その空間の空気感を思い出した。また盛岡を旅して、BOOK NERDで本を手に入れ、街に数多ある喫茶店に立ち寄り、深煎りのコーヒーでも飲みながらゆっくり本を読んでみたいな。
 
『ぼくにはこれしかなかった』を読んだ後、さらに本屋さんが書く本が読みたくなって『本屋、はじめました』を読んでみた。こちらは、荻窪の本屋 titleの店主、辻山 良雄氏がやはりサラリーマンを経て独立し、Titleをオープンさせるまでを綴った本。
 
Titleは昨年の夏、西荻の宿に泊まった時に訪ねている。こちらはBOOK NERDと違って古書ではなく新刊本を中心にしている。狭い店内に週刊誌なども揃えた幅広い品揃えながら、だからと言って薄味ではなく、思わず手に取ってしまいたくなるような未知の本の発見も多く、端から端までじっくり棚を眺めてしまったのを覚えている。その後フォローするようになったtwitterでは毎日丁寧に本を紹介していて、本のガイドとして活用させてもらっている。
 
著者の辻山氏は本好きが高じて大手書店のリブロに入社、その後、九州、広島、名古屋、と全国の店舗で店長などを経験しながら、池袋本店の閉店とともに自ら退社し、Titleを立ち上げる。『本屋、はじめました』では、その時のことが丁寧かつ分かりやすく綴られている。例えばいろいろ検討した上で導入を決めたレジのシステムが、トラベラーズファクトリーで使用してものと同じだということを発見できたりして、リアルな共感とともに読ませてもらった。巻末に事業計画書に初年度のPLまで掲載されていて同じ店舗運営に関わるものとして勉強にもなる。
 
膨大な量の出版物が世の中にあり、今も日々数多くの本が出版されている。その中でどの本を選び、どんな風に店頭に置くかということで、書店には自然とその中にひとつの世界観が生まれる。一冊の本が持つ佇まいが、その周りの本と共鳴しながら空気感を作り出し、そこから世界と対峙していく心構えや、生きていくための救いとなるようなメッセージ、心を高揚させる物語の奥行きを感じさせてくれる。僕はそんな本屋という場所が好きだ。
 
2冊の本を読むと、店主はそれぞれの本屋を運営するためにパーソナルな自分自身の経験や感性を指針とし、真摯に愛情をたっぷり込めて本に向き合っているのが分かる。だからこそ本屋それ自体に個性や人格のようなものが生まれ、僕らはその場所から友人のような温かさや親しみを感じる。本を探すにはアマゾンは便利だけど、僕はできる限り、そういったことを感じさせてくれるリアルな書店で本を買うようにしている。本を愛して、それゆえに本を紹介し売ることを生業として選んだ方々による2冊の本を読んで、より一層そう思った。
 
今年もゴールデンウィークは旅には出られないし、自転車で本屋巡りでもしてみようかな。
 
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