ゴールデンウィークの思い出
約30年前のゴールデンウィーク。僕は新幹線に乗ってひとり仙台に向かっていた。新卒で入社して1ヶ月。最初の赴任地への引越しのための旅だった。
仙台駅に着くと、まだ会ったことがない会社の上司が待ってくれているという東口へ向かった。仙台駅がテレビなどで紹介される時に登場する表玄関が西口で、東口はその裏側にあたる。今では東口もずいぶん賑やかになったけれど、当時はバス乗り場がある他は閑散としていて、出口の階段を降りると、社名が書かれた営業車を簡単に見つけることができた。その横には、お笑いマンガ道場に出演していた富永一郎に似た上司が、営業車から降りて僕を待っていてくれた。
「よろしくおねがいします!」と僕としては最大級の感じの良さを意識して声をかけると、「いやあ、よく来たねえ」と優しく温かなトーンで答えてくれて、少しほっとした。
助手席に乗り20分ほど走ると、これから働くことになる営業所に着いた。営業所の倉庫には僕の引越しの荷物が届いていた。実家からはじめての一人暮らしということで、荷物がそれほど多くないから、宅急便で送っておいたのだ。上司と一緒に荷物を車に積み込むと、契約したアパートまでついてきてもらった。荷物は段ボールで10箱程度しかなかったので、部屋に運ぶのもそれほど時間がかからなかったけど、上司はびっしょり汗をかいていた。
「あとは大丈夫かな?」そういえばこの日はゴールデンウィークであるのを思い出した。
「大丈夫です。休日なのにありがとうございます」と僕が言うと「じゃあ休み明けに会社で会おうね」と上司は言って車に乗り去っていった。一人になると、思わずアパートの部屋の畳の上に大の字になって寝っ転がった。新しい畳の爽やかな匂いをかぎながら、僕は一息つくように大きく深呼吸をした。
アパートはFAXで送られてきた間取り図だけを見て決めたのだけど、日当たりも悪くないし、ふすまで区切られた6畳と4畳半の部屋をつなげるとけっこう広々と感じられ、僕はそれなりに満足した。段ボールを開けて、テレビやステレオ、書棚などを置くと、少し部屋らしくなった。アパートから歩いて2、3分の場所に、少し大きめのスーパーマーケットがあったので、そこへ行き、風呂桶やコップなど差し当たり必要な物を買うと、その隣にあったとんかつ屋で夕飯を食べた。引越してはじめての食事ということで少し奮発して注文したヒレカツとエビフライ定食は、思いのほか美味しくて嬉しくなった。
仙台の気温は東京と比べると2、3度ほど低い。温かいコーヒーが飲みたくなり、家に帰る途中の自動販売機でホットの缶コーヒーを買った。そして自動販売機の隣に公衆電話を見つけると、ふと思い立ち、その頃少し仲良くなりかけていた女の子に電話をかけてみることにした(その頃は携帯電話なんてなかったし、家に電話を引くまではもう少し時間が必要だった)。
「仙台に着いたよ」
「アパートはどう?」
「快適だよ。東京と比べたら家賃も安いのに広めの部屋だよ。落ち着いたら遊びに来てよ」
「いつかね」
こういう時に女の子が言う「いつかね」は、たいてい永遠にやって来ない。懲りずに取り止めのない話をしながら、なんとかお互いの距離を詰めようとしてみたけど、手応えもないまま手持ちの100円玉は無情にもすぐになくなっていった。
「また電話するね」
最後の100円分の通話料金が切れる前に、自分から電話を切った。
アパートに戻り、誰もいない部屋の電気をつけると、初めての一人暮らしがはじまる晴れやかな気分と、ぼんやりとした不安や孤独感が混ざった不思議な気持ちになった。今でもひとり旅で、ホテルにチェックインして部屋に入ると似たような感覚に襲われるけれど、僕はこの感覚は嫌いではない。
冷え切った缶コーヒーを飲みながら、明日はホームセンターに行って、ガスコンロにケトルとコーヒーの道具を買おう、それに冷蔵庫と炊飯器もだな、なんて考えていると、だんだんとワクワクしてきた。
昨年に引き続き2回目の緊急事態宣言のゴールデンウィーク。みなさんいかがお過ごしでしょうか。トラベラーズファクトリー中目黒は、調べてみるとどうやら今回は休業要請対象ではないらしく、ゴールデンウィーク中も静かに営業をしていました。
僕はひとり自転車に乗って東京を走り、人の少ない都内のホテルに泊まったりして過ごしました。でもそろそろ遠くの知らない町を旅したいし、こんなゴールデンウィークはもう最後であってほしいですね。