2025年8月 4日

Summer Trip

 昔、仙台に住んでいた頃は、夏休みが始まると恒例行事のようにバイクで北海道に行っていた。夏休みの初日の朝にフェリー乗り場まで行き、キャンセル待ちの登録をしておくと、その日の夜に仙台港を出発するフェリーに乗ることができた。

 フェリーは夜8時ごろに出発して、翌日のお昼前に苫小牧に着く。寝るのは大部屋で雑魚寝だったけれど、それほど苦にならなかった(若かったしね)。フェリーには大浴場が付いていて、船の揺れでざぶんざぶんと波を打つ湯船に浸かったり、風呂上がりにはデッキに上がって夜空を眺めたり、けっこう快適だった記憶がある。目が覚めたら、デッキにあがり朝日を浴びるのも気持ちよかった。運がいいと、船の脇をジャンプしながら泳ぐイルカを見ることができた。

 苫小牧に着き、陸に降りると空気が本州と変わるのを実感できた。町を離れると、すぐに北海道らしいまっすぐの道が続く。しばらく走ると北海道ローカルのホクレンのガソリンスタンドを探して、ガソリンを入れる。ここで給油すると、毎年デザインが変わる旗をもらえた。旗を荷台に積んだ荷物にくくりつけると、北海道ツーリング仕様になったみたいで気分が上がる。

 北海道では、ツーリングをするライダー同士がすれ違うときに、走りながらピースサインを交わす習慣がある。最初は緊張しながらピースサインをしていたが、北海道を何度か訪れるうちに自然とできるようになった。やがて、のどかに牛が歩き、サイロが立つ大きな牧場の脇を通る。草の香りとほのかに漂う牛の匂いが北海道を感じさせる。そんな牧場のゆるやかなアップダウンが続く道を走ると、ほんとうに気持ちいい。

 その頃の北海道の旅では、フェリーだけでなくホテルも一切事前に予約をしないで、まさに自由気ままに行き先を決めて走っていた。北海道には、ライダーハウスや「とほ宿」と呼ばれる安い宿がたくさんあって、お昼頃に公衆電話から電話でその日の宿泊を申し込むと、たいてい泊まることができた。それに、一人用のテントを積んでいたから、宿がなかったら野宿することもできた。

 当時の北海道は、僕みたいな一人旅の貧乏旅行者が多かった。宿に行けば、他の旅行者たちと話す機会はたくさんあったし、旅先で知り合った人と一緒に野宿をして、夜通し語り合うこともあった。それもまた一人旅の醍醐味として楽しんだ。

 北海道は、旅もしやすいし、道もいいし、夏も涼しい。気持ちいい風を全身で浴びることができるオートバイには、ぴったりの土地だ。それでも、峠を走っているときに雨が降ってくると急に寒くなり、走るのが辛くなってくる。冷たい雨にあたりながらバイクを走らせ、なんとかドライブインに着く。そこで震えながら温かい缶コーヒーを飲んでいたりすると、車からカップルがTシャツ姿で涼しげな顔をして降りてくる。そんなときは、「車は楽でいいな」、なんて僻みっぽく思うこともあった。

 一方、そんなバイク乗りが最大限に敬意を払っていたのが、自転車で北海道を旅する人たちだった。たとえば、峠の長い登り坂で、バイクのアクセルをひねって登っていると、キャンプ道具を積んで重くなった自転車を必死に漕いで登る人たちをよく見た。真っ黒に日焼けした体で、汗を拭いながら、まるでスローモーションのようにきつい登り坂を登っていく姿を見ると、それだけで尊敬の念を抱いた。

 彼らはゆっくり走る分、旅の期間も長いこともあって、多くの夜を野宿で過ごしていた。野宿のときには、僕はお湯を沸かしてカップラーメンを作って、コンビニで買ったおにぎりと一緒に食べる程度の料理しかしていなかったけれど、彼らは旅費を節約するために飯盒でお米を炊いて食べていた。そんな姿には、どこか修行僧のような雰囲気があり、バイクで旅をしていた僕は気軽に話しかけることができなかった。

 その後、仙台から東京に引っ越してからは、距離が遠くなってしまったこともあって、夏の北海道へのツーリングもしなくなり、最近はオートバイに乗ることもなくなってしまった。

 そんな僕が、最近の夏の恒例行事として日本一周自転車旅をしている。最近では、当日の予約は厳しいので、宿は出発前に予約するようにしている。それにあの頃より少しはお金もあるし、荷物はコンパクトにしたいので野宿はしない。だけど、あまり高い宿に泊まる気になれないので、泊まるのはカプセルホテルやビジネス旅館みたいなところが多い。1日の距離はなるべく短く、できる限り登りの少ない道を選ぶ。

 今年ももうすぐ夏休みということで、日本一周に続きの計画を立てている。もともと旅は気ままに自由にしたいから、宿や新幹線を予約するのは苦手だし、あまり好きでもない。それでも、なんとかルートを考え、ネットで調べて、お盆の時期という条件の悪い中でも、少しでも安くて快適そうな宿を探して予約した。

 最近は、地震で警報が出たり、台風が接近したり、いろいろ不測の事態が多いから、その間に何事も起こらないことを祈りつつ(旅でなくても同じですが)、きっと猛暑になるのは間違いないので、無理のないスケジュールで旅をしたいと思います。

 みなさまもよい旅を。