日常でもないけれど、非日常とも違う旅
アアルトコーヒーの庄野さんの新しい自費出版本『桎梏と故障』は、不思議な本だ。小説でもないし、エッセイともちょっと違う。日々の生活のことに家族のこと、コーヒーのことに生業のこと。庄野さんの頭に浮かんだことが脈絡もなくつづられているようで、一貫したものがある。そう思っていると、裏をかかれるようなことを書かれていて、読んでいてなるほどと思うことも多いし、なんだかひねくれているなあと思うこともけっこうある。そんな不思議な本だけど、ページをめくるうちにぐいぐい引き込まれてしまう。
庄野さんのブログもそうだ。庄野さんは、アアルトコーヒーがオープンする少し前の20年前からブログを欠かさず続けている。ずっと使っていたブログサービスが9月末で終了になって、どうするのかと思っていたら、やっぱり別のサイトで同じようにブログを続けている。以前のブログはほぼ毎日欠かさずアップされていた。新しいサイトになって若干更新頻度が下がったなと思っていたら、最近は1日か2日おきにはアップしている。
シンガーソングライターの山田稔明さんも20年以上、ブログを毎日更新している。ミュージシャンとしてのライブのレポートや新譜の情報だけでなく、日々の雑感や愛猫のことなどを綴っていておもしろい。山田さんのブログから映画や本、音楽を知って触れてみることも多い。
僕がブログを始めたのは、庄野さんや山田さんからは、少し遅れて2007年からで、なんだかんだで初めてから18年になる。そのころは日本ではまだSNSがなくて、誰もが自由に発信できるインターネットの新しいメディアとしてブログが広まっていた頃だった。個人的な知り合いもモノづくりの仲間たちも多くの人がブログを立ち上げて、発信をしていた。その後、ツイッターにインスタグラムが出てくると、次はSNSでの発信も増えていった。そうすると、ほとんどの人たちはブログの更新をやめて、より拡散力が高く反応が多いSNSでの発信にシフトしていくようになっていった。
その頃から、庄野さんも山田さんもトラベラーズもSNSを立ち上げて、発信しているのだけど、なぜか飽きることなくブログも続けている。こういうことを言うと、失礼になるけれど、この時代になっていまだにブログを続けているのは、ちょっとひねくれた変わりものくらいだと思っている(もちろん私も含めてです)。
たぶん、デジタルマーケティング講座などを受けると、より多くの人に拡散させるためには、SNSに注力するほうがいいとか、さらにTikTokやYouTubeで動画を発信するのが効果的なんて言われて、ブログについては触れることすらないと思う。だけど、始めた当初は違っていたかもしれないけれど、庄野さんも山田さんもブログによるマーケティング効果を期待しているわけではないと思う。
僕もそうなんだけど、それよりもただ書きたいから書いているというか、書かざるを得ないというか、性(さが)みたいなものだ思っている。旅したことに、感動したこと、頭に浮かんだもやもやしたことを文字に書き綴る。書くことが何も浮かばなくても、とりあえず文字を入力して何とか2000文字程度を埋める。それはもう、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、音楽を聴いたり、本を読んだりするのと同じで、生きていく糧みたいものなのだ。コーヒーに音楽、トラベラーズノートがなくても生きていくことはできるけれど、あることで救われたり、ちょっとだけでも心が豊かになったり、まあ生きていくのも悪くないかもしれないと思えたりする。
週末は、トラベラーズファクトリー14周年記念のイベントとして、土曜日にはアアルトコーヒー庄野さんのカフェイベント、日曜日には山田稔明さんのライブを開催した。トラベラーズファクトリーが14年続いて、このイベントも欠かすことのできない定例イベントのようになっている。毎年、この時期にお二人がトラベラーズファクトリーに来てくれて、庄野さんはコーヒーを淹れて、山田さんは歌をうたってくれて、さらにそれを楽しみに来てくれるお客さんが来てくれる。そんな2日間も、僕にとってはまさに生きる糧みたいなものになっている。それが14年も続いているのが嬉しい。
そういえば、山田さんとはここ何年かライブのリフィルの表紙をコラボレーションで作らせてもらっている。まずは打ち合わせをして、テーマや方向性を決める。そして、僕が背景となる絵を描いて送ったあとに、山田さんがキャラクターを描き、タイトルなどをレイアウトし、往復書簡のように送り返してくれてデザインが完成する。そのときの僕の気分は、作品の背景を描き込む漫画家のアシスタントのような気分で、完成したデザインを見るのが楽しみでもある。そんなコラボレーションリフィルも10冊以上になる。それを楽しみにしてくれる方がいるのも嬉しい。
このイベントは、毎年この季節になると必ず訪れる馴染みの旅先みたいな感じで、日常でもないけれど、非日常とも違う。同じ場所に仲間が集い、おいしいコーヒーを飲んですてきな音楽を聴く。そして、いつものように飲みながらグダグダと話をする。もうこんな感じで好きな人たちとだけで、やっていければいいなと思う。