2025年11月25日

S.T,N.E.

 トラベラーズファクトリー中目黒の2階に置いてあるソファを作っている大阪の家具屋、TRUCKのお店に最初に行ったのは、2009年8月のことだった。車で実家がある福知山に帰るときに、あわせて徳島に行ってみようと思っている、という石井さんに誘われて、初めて徳島のアアルトコーヒーに行くことになって、その途中で高速道路をおりて、大阪の行きたいお店を巡ることにしたのだ。

 その年の2月に恵比寿のlimArtで開催されてたTRUCKの展示会を訪れて、木の節やシミが残り、ざっくりした風合いの革が張られた無骨なソファを見て、すっかり気に入っていた僕らは、いつかその店を訪れたいと思っていたのだ。

 その頃、TRUCKは今もある新しい店を建築中で、僕らが訪れたのは、その前の店になる。それでも工場と店舗が一体になったような空間はかっこよくて、大いに刺激を受けたのを覚えている。

 そして、その年の1月、今度はトラベラーズプレスの取材で、再び車で徳島のアアルトコーヒーに行くことになって、そのときも大阪に立ち寄ってTRUCKを訪れた。ただ、このときはちょうど今の場所にTRUCKの店がオープンして間のないタイミングだった。広々とした空間に並ぶTRUCKの家具に感動し、その隣に併設されていたカフェでランチを食べてさらに感動した。

 さらにその年の12月にも大阪をTRUCKを訪問。かねてからラブコールのように連絡をとっていた石井さんの努力の甲斐もあって、オーナー夫妻で黄瀬さん、唐津さんとのミーティングを設定してもらった。そのときは、店の裏にある工房や家の庭までお邪魔させてもらった。トラベラーズノートを見せながら、いつか一緒に何かしたいですね、と伝えた。

 そうやってTRUCKは僕らにとって憧れの存在だったから、トラベラーズの店ができたら、あのソファを店に置こうと決めていた。そして2011年、トラベラーズファクトリーのオープンが決まると、ソファを黄瀬さんにオーダー。当時はオーダーから納期まで半年以上はかかると言われていたところ、オープンに間に合うよう2ヶ月で仕上げてくれた。

 トラベラーズファクトリーがオープンしてからは、コラボレーションでブラスボールペンを作ったり、TRUCK雑貨部門シロクマ舎の革小物を定番で販売させてもらったりしながら、勝手に仲間のような存在だと考えていた。黄瀬さんと唐津さんは、トラベラーズファクトリーにも訪れてくれて、僕らは嬉々としながら、店内を案内し、2階で一緒にコーヒーを飲みながら打ち合わせをした。

 トラベラーズファクトリーの中で最も広いスペースを持つ、京都がオープンする際には、中目黒と同じソファに加え、スチールの脚が印象的なスツールを4脚並べた。

 ただ3年前にTRUCKがシロクマ舎の革小物の製作をやめてしまってからは、扱う商品も少なくなって、店の中での存在感も少しだけ薄くなってしまっていた。何かやりたいですね、と話は続けてはいるけれど、忙しさも相まってなかなか具体的な行動に結びついていないまま時が流れてしまっている。

 そんな中で今月はじめ、TRUCKの新ブランド、S.T,N.E.の展示会の案内が届いた。案内状には広い空の下で連なる山並みが撮られたモノクロの写真が印刷され、家具の写真はない。「TRUCKが新しいブランド? どういうことなんだろう」そんなことを石井さんや橋本と話しながら、まずは行ってみることにした。

 南青山の静かな裏通りにある展示会場に入ると、黄瀬さんがいた。

「もうTRUCKを30年近くやってきて、もう少しすっくりして削ぎ落としたものを作ってみたくなったんですよね。もちろん今でもTRUCKが好きだし、TRUCKも並行して続けていくけれど、今の自分が素直に気持ちいいと思える空間を作ってみたくて。だから名前の由来は、“Same TRUCK, New Engine”なんです」

 久しぶりに会う黄瀬さんは、新しいブランドを作った理由や思いを語ってくれた。

 展示されていたS.T,N.E.の家具は、TRUCKが醸し出すインダストリアルな雰囲気や無骨さ削ぎ落とし、代わりに上質な温かさにフォーカスしたような印象を持った。ただ、ソファに座ってみると感じる包み込まれるようなやさしい感覚は、TRUCKと一緒だった。名前に工場を冠しているトラベラーズファクトリーには、TRUCKのソファなら、トラベラーズホテルにはS.T,N.E.が似合うのかも、なんて想像をした。

 僕らが感想を言うと、黄瀬さんは、「よかったです。これがどんなふうに受け止めてもらえるのか、ほんとうにドキドキで、TRUCKをはじめたばかりのときの気分が蘇っているんです」と言った。TRUCKは始まって27年。トラベラーズノートは来年20年を迎える。黄瀬さんの言葉に僕らはまたも刺激をもらった。