最近、橋本に勧められて、クドカンのタイムスリップもののドラマを見ている。昭和と令和の価値観の違いを皮肉たっぷりに描いていて共感することも多く、おもしろい。ちょうど今月、トラベラーズノートは18周年を迎えるのだけど、ドラマの影響もあって18年前、2006年3月のことを思い出した。

　ドラマで描かれている1986年と現在ほどのギャップはないけれど、2006年と今もそれなりに違いがある。当時はSNSやスマホにスカイツリーもなかったし、パワハラ、セクハラという言葉は既にあったけど、まだ半分冗談みたいに語られていたような気がする。僕は36歳で、トラベラーズノートもまだ世に出ていなかった。というか18年前の今日は、もう少しで発売というタイミングだった。発売の準備でバタバタしていたあの頃を思い返していたら、ふと、当時の自分に届くはずもない手紙を書いてみようと思った。

　「18年前の自分へ」

　あなた（つまり18年前の自分）は、きっと18年後のことなんて想像をしたことがないはずです。36歳のあなたにとって、18年はこれまでの人生の半分に値するわけです。そんな果てもない未来のことよりも、今のあなたは、もうすぐ発売するトラベラーズノートのことで頭がいっぱいだと思います。

　あなたにとって、トラベラーズノートは初めて自分で主体的に作ったプロダクトです。ものづくりの仕事に携わってまだ3、4年。浅い知識や経験を頼りに、入社して間もない新人デザイナーの橋本と一緒にデザインや仕様を考えて、五つ年上の先輩の石井さんに紙や製造工程のことを教えてもらいながら、なんとか作り上げたんですよね。

　発売とあわせてホームページを作ることになって、素人ながらも自分で構成を考えて、夜遅くまで文章を書いたり、サンプルを作ったりしていたのは、なんとか成功させたいという強い思いがあったのは間違いありません。でも、それ以上に本気で向き合える仕事が見つかった幸せを噛み締めながら、楽しんでいたのでしょうね。ロックにロードムービー、オートバイ、オンザロード、重慶大厦、カオサンロード……。それまで趣味と仕事は別ものだと思っていたのに、そんなワクを取っ払って、個人的な経験や感動に自分の趣味も、ぜんぶぶち込んでいたよね。恥ずかしがらずにそのまま突き進んでください。

　「無地のノートは売れないんだよね」とか「ペンホルダーはあった方がいいよ」みたいな細かいことから、「値段が高いのに傷があって使い方も分かりにくいし、こんなノート売れんの？」なんて、ネガティブな意見も言われると思うけれど、気にしない方がいい。そんな声を聞くほどに奮い立つ性格なのに、心の奥ではそれなりに不安を抱えていたのも知っています。

　それでもとにかく、自分たちがほんとうに使いたくて、カッコいいと思える形を貫き通してください。それはこのノートの個性になるし、意外な解決方法が後から見つかります。大事なのは、自分たちの直感と、モノが醸し出す佇まい、オーラみたいなものです。あなたが仲間と一緒になって、そのことを見つけ出し、信じてブレずに発売にこぎつけられたのは、ほんとうに素晴らしいことです。

　今、発売を間近に控えて不安もあるだろうけど、大丈夫。トラベラーズノートは18年後もちゃんと残っていて、商品として販売されています。さらに言うと、5年後にはトラベラーズノートの基地のような場所が中目黒にできて、その後、成田空港、東京駅、京都にも拠点となる店ができます。それに日本だけでなく、40カ国以上で販売されていて、海外でもたくさんの人が使ってくれているんです。

　あ、でも変な期待はしないでくださいね。18年後には、今よりは多少給料も上がるし、本にちょっと載るくらいのことはあるけど、でも別に大金持ちにも有名人にもなっていません。休日に銭湯に行くのを楽しみにするような、地に足が着いた普通の生活をしています。

　ただね、感動はいっぱい味わえます。今はまだ秘密にしておくけど、大好きで憧れの何かとコラボレーションをしたり、一緒に仕事をしたりすることもできます。トラベラーズノートを自分の分身のように大切に使ってくれている人にもたくさん会えるし、このノートが誰かの生活に前向きな変化を与え、誰かの救いになっているかもしれないと思うことだってできます。今から18年前、18歳だったあなたにとっての音楽みたいにね。

　それに、あなたが好きな旅もこれからいっぱいできるよ。インディーズバンドのライブツアーみたいに仲間と一緒に世界中を旅して、そこでイベントをやると、たくさんの人たちがトラベラーズノートを手に集まってくれるんだ。最高だよね。

　そういえば、今あなたが一緒にトラベラーズノートを作っているデザイナーの橋本に、五つ上の先輩の石井さんとは18年後も仲間として一緒に仕事を続けています。18年経てばそれぞれ暮らしも変化するけど、これから先もお互いに信頼できる仲間でいれるのはすごいことです。それに新しい仲間もたくさん加わってくれて、一緒にトラベラーズノートの世界を作っていくんです。

　未来の私からアドバイスをいくつか言っておきますね。タバコはこれからますます吸いづらくなるし、喫煙者は少数派になるから、今のうちに止めておくのもありだと思うよ。食べ過ぎに注意。自転車に乗るときは転ばないように。本と音楽と映画にはできるだけ触れた方がいいし、旅もたくさんした方がいい。それらは必ず未来の自分の血となり肉となります。

　仕事でつまづいたり、裏切られたり、非難を浴びたりすることもあります。悲しくて涙が出たり、不安で眠れない夜もあるけど、人生はそういうものです。喜びで心が躍るような日だって何度もあるので安心してください。あまり熱くなり過ぎず、心を穏やかに。

　縁のある土地が大地震に襲われたり、世界中で恐ろしい疫病が流行したり、不幸なできごともいくつか起こるかもしれません。未来はけっこうタフでもあるので、くじけずがんばってください。とにかく、今あなたたちが心血を注いで作っているトラベラーズノートをこれからも信じてください。
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　18年前の自分へのメッセージを書いていたら、今の自分に対するメッセージにも思えてきた。18年後のことなんて相変わらず想像できないけれど、これからもトラベラーズノートを信じて、未来に向かってもうちょっとがんばってみようかな。

　今週木曜日、3月7日の夕方に、4月に発売するトラベラーズノートの新しいプロダクトの情報をアップします。ぜひ、楽しみにしてください。