TOKYO EDITIONとたい焼き
久しぶりにたい焼きを買った。会社の近くの公園では、早咲きの河津桜が咲いていたから、桜とたい焼きの写真を撮ろうと思ったのだ。その日は朝から雪が降るような寒い日で、ゆっくり桜を眺めるような気分にはなれなかったけれど、その分、たい焼きの温かさが嬉しい。河津桜の近くに何本もあるソメイヨシノはまだ花が咲く気配はない。それらが満開になる本格的な花見シーズンは、あと2週間くらい先だろうか。
なんでそんな写真を撮ろうと思ったのかと言えば、もちろん先週発表した「TOKYO EDITION」のため。ラインアップにある、たい焼きと桜のブラスチャームを付けたトラベラーズノートの写真を一緒に撮って、インスタにアップしようと思ったのだ。
ご存知の方も多いと思うけど、「TOKYO EDITION」は、昨年4月にBSフジで放映された『小山薫堂 東京会議』で発表したトラベラーズノートが元になっている。番組から東京をテーマにしたトラベラーズノートを作ってほしいという依頼を受けて、橋本がデザインして、流山工場で制作したサンプルを発表していた。
東京をテーマにしているといことで、放送時には、昨年の秋ごろに東京にあるトラベラーズファクトリーで販売しようと思っていた。だけど、それからいろいろあって、そのタイミングでの発売が難しくなると、もう少し東京というテーマを深堀りしたうえで、アイテムも広げて、東京以外の場所でも販売できるようにしようと考えるようになった。
例えるなら、もともと短編漫画として発表されていたドラえもんの「のび太の恐竜」が、その後、後日譚が加えられ、長編映画として発表されたようなもの。当時、コロコロコミックに公開前の映画のストーリーが漫画として連載されていたのだけど、のび太が「鼻でスパゲッティ食べる機械をだして!」とドラえもんに無理なお願いをする、いつものオチで終わっていた短編漫画が、壮大な物語に繋がっていくのをワクワクしながら読んだのを覚えている。
小学生だった僕は、もちろんそのストーリーにも感動したのだけど、同時にすでに完成された物語が、さらに大きな物語に広がっていくことにも興奮したのを覚えている。もちろん、そんな壮大なストーリーと今回の「TOKYO EDITION」を比べるのはおこがましいけど、ひとつのアイデアや企画が、何かをきっかけに広がったり、他の何かと繋がったりするのは楽しい。
海外も含めた東京以外の街でも「TOKYO EDITION」を販売しようと思ったのは、その後、2024年ダイアリーの制作時にトラベラーズタウンというテーマが生まれたのがきっかけだった。旅人と住人がお互いに刺激を与えながら、新しい旅を喚起してくれる架空の街、トラベラーズタウンのことを想像していたら、まさに東京もそんな街ではないかと気づいた。
東京をテーマにしたトラベラーズノートを通じて、東京を旅する人にとってはもっと旅を楽しく、東京に住む人にとっては旅するように東京で暮らし、それ以外の人にとっては、いつか東京を旅することをリアルに想像してほしいと思った。昔、スターフェリーとのコラボレーションの際、スターフェリーの乗船チケットをトラベラーズノートにセットしたのと同じように、いつか行くかもしれない場所をリアルに感じてほしいと思ったのだ。そして、ブラスチャームにステッカー、ブラスペンシルを追加し、ラインアップを広げた。
さて、この日たい焼きの写真を撮ったのは、海外にはたくさんいるかもしれない「たい焼き」を知らない人たちに、ブラスチャームはこれがモチーフなんですよ、と知らせたかったからだった。
ブラスチャームのたい焼きは、焼き型からはみ出た部分もリアルに再現している。はみ出ないバージョンとはみ出たバージョンの2つを試作して、こっちの方がたい焼きっぽいと、はみ出る方を採用した。出来上がったサンプルを見て、僕らはたい焼きみたいだと喜んだけれど、たい焼きのことをまったく知らない海外の人が見たら、魚のチャームにしか見えないかもしれない。それで本物のたい焼きを一度見せておきたかったのだ。それにこのチャームをきっかけに、いつか日本でたい焼きを食べてみたいと思ってくれたら嬉しい。
ちなみにウィキで調べると、諸説あるようだけど、たい焼きは東京の麻布十番にあるお店が発祥と言われている。また、東京を舞台にした文学作品にも登場しているということで、その中の1冊、高村光太郎の『智恵子抄』を何十年かぶりに手に取ってみた。
智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとうの空がみたいといふ。
『智恵子抄』は、高村光太郎が、彼の妻、智恵子について、出会ったころから死後の思い出までの詩をまとめた詩集。東京で貧しくとも幸せな二人の生活を送るが、その後、智恵子は精神を病んでいく、その過程が切なく悲しい。有名な東京の空のフレーズから、その兆候が感じ取れる。そして、一編の詩を挟み、たい焼きが登場する。
がらんとした家に待つのは智恵子、粘土、及び木片、
ふところの鯛焼はまだほのかに熱い、つぶれる。
金に困った光太郎が、大切な作品を売ってなけなしの金を得る。そして、智恵子が待つ、作品はなくなり、粘土や木片などの残骸しかないがらんとした家へ帰る。その道中にたい焼きを買う。ここでのたい焼きは切ない。
そういえば、たい焼きをゴムに通してスライドすると動くようにしたのは、「およげ!たいやきくん」の影響なんだけど、あの歌もなかなか哀愁を感じさせる歌だ。
撮影が終わると、早速たい焼きを食べた。少しかじかんだ手でたい焼きを半分に割っると腹の餡はまだ温かく、ほんわりと湯気が出た。頭の方からかぶりつくと、優しい甘さと温もりが口の中に広がった。久しぶりに食べたたい焼きはおいしくかった。そして、4月になったら世界中を旅していくのだと思うと、なんだかブラスのたい焼きたちが愛おしくなった。よい旅をしてほしい。
そんなわけで、「TOKYO EDITION」をよろしくおねがいします!