光る地球儀とクリスマスソング
トラベラーズファクトリーの窓際にヴィンテージの地球儀が置かれている。この地球儀は内部に電球が仕込まれていてスイッチを入れると光るようになっている。
トラベラーズファクトリーでは、夕暮れ時になるとこの地球儀の明かりが灯される。だけどその時間はまだ、窓からオレンジ色の夕日が差し込んでいるから、地球儀の光も黄昏時のようにぼんやり控えめだ。いや、明かりを灯したばかりだから、こっちの地球は夜明け時なのかもしれない。そう考えると世界が最も美しい姿を見せる、黄昏と夜明けがいっぺんに来たみたいで嬉しい。
夕日が沈み空が暗くなるにつれて、地球儀の光も明るさを増していく。夜になるとアポロ17号から眺めた地球みたいに明るく輝く。今はクリスマスシーズンだから、店に飾られているクリスマスツリーや窓枠に付けられた電飾の賑やかな光が地球儀に反射した。 ほんものの地球と違ってこっちの地球は内側から光を発しているから世界中が明るい。東京もニューデリーもブエノスアイレスも世界中がいっぺんに朝になる。
僕は地球儀にある、かつてトラベラーズノートと旅をした場所を探しがら、その旅のことを懐かしく思い出した。
アムステルダム中央駅の雑踏、ベルリンの崩れた壁、ロンドン橋、ロサンゼルスのエースホテル屋上に差し込む夕日、セントラルパークの湖畔、黄昏のヨシュアトリー、香港スターフェリーのオイルの匂いと美しい夜景、外灘から眺める上海テレビ塔、台北の温かく優しい人たち、チェンマイ、パリ、マドリード、ヘルシンキ、ソウル、成都、京都、成田、東京...。旅の記憶は僕の心の奥にある薄暗い部分に柔らかい明かりを灯し、ささやかな温もりを与えてくれた。
店内で流れるクリスマス向けのBGMがNRBQの「Christmas Wish」に変わった。僕が一番好きなクリスマスソングだ。
「メリー・クリスマス、メリー・クリスマス、
1年間のすべての夢が実現する時だよね。
クリスマスツリーの下におもちゃをいっぱい見つけたんだ。
理想の世界ってほんとうにあるんだね。
世界中の人たちもそれを見つけることができたらいいのにね。
クリスマスの休日気分がやってくると
魔法に包まれているような気がするんだ。
やりたいことをやればいいんだよ。
魔法の声がそう僕につぶやいたんだ。
その声は天使が奏でる音楽みたいだった。
世界中の人たちもそれを聴くことができたらいいのにね。
心を開けば、僕らの願いは実現するかもね」
もうすぐクリスマス。2019年があと少しで終わる。
1年が終わるからといって、今抱えている問題がぜんぶ片付くわけじゃないし、心から願う夢があっさり実現するわけでもない。やりたいことだって、うまくいかないことばかりでもがきながら必死でなんとかやっている。だけど、そんな哀しみや苦しみの奥底で小さな希望はひっそりと息を潜めて隠れながら、少しずつ育まれ、いつか花開くのを待っているのかもしれないな。
「Christmas Wish」を聴きながら、ぼんやり光る地球儀を眺めていると、まるで引き出しの奥にある使い終わったトラベラーズノートのリフィルを広げて眺めるように、旅の記憶が蘇ってきた。美しい風景、思いがけないトラブル、仲間と食べた数々の美味しかったもの、たくさんの笑顔などがフラッシュバックし、旅先で聞いた言葉が頭の中に蘇ってきた。
「ここに来てくれてありがとう」
「ずっとこの場所に来たかったんだよ」
「このノートは僕の子供みたいなものなんだ」
「そう、この感じなんだよ!」
「きみはそのままでいいと思うよ」
旅の記憶は天使が奏でる音楽のように、温かく僕の心を癒し、励ましてくれた。それですべて解決するわけではないけれど新しい旅に向かっていく勇気が湧いてきたような気がした。そして今年一緒にトラベラーズの旅を続けてきた素晴らしい仲間たちにあらためて感謝の気持ちを伝えたいと思った。ほんとうにありがとう!