2022年4月18日

深夜ラジオと蛍

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トラベラーズノート限定セット発売日の前日、閉店間近の夜のトラベラーズファクトリー中目黒。
 
19時を過ぎると、入り口正面のテーブルに並んでいた商品を他の場所に移動して、そこに限定セットを積んでいく。テーブルに置かれているワイン箱の中に、ショーケースのようにトラベラーズノートやリフィル、コットンバッグにスタンプなどのセットの中身をディスプレイする。たくさん種類があるステッカーは、すべてのデザインが分かるよう長方形にカットしたアクリル板にベタベタ貼って、ワイン箱にくっつける。レジの後ろに固定している脚立を広げて登ると、天井から吊るしてある棒に、トラベラーズホテル、エアライン、トレイン、レコードの看板をモビールみたいに飾った。

「うん、いい感じだね」
「明日はいっぱいお客さんが来てくれるといいね」

陳列が一段落すると、そんなことを話ながら、みんなでしみじみと店内を眺めた。僕は、閉店後の静かなトラベラーズファクトリーで、仲間と新しい商品の陳列や飾り付けが終わり、ちょっと目新しくなった店内を眺める時間が好きだ。誰かのサプライズパーティーの準備みたいに、誰かが喜んでくれる姿を想像するのも嬉しいし、できがった空間を他のみんなより一足早く僕らだけでしみじみと味わえるのも嬉しい。
 
僕は入り口の扉を開けてひとり外に出ると、タバコを吸いながら、窓の外からぼんやりと光るオレンジ色の照明が照らす店内を眺めた。夜の人が少ないトラベラーズファクトリーは、ちょっと寂しいけど、ほんわかした温かさもある。「なんだかラジオの深夜放送みたいだな」ふとそんなことを思った。
 
思春期の頃、周りと折り合いをつけることが苦手で、いつも胸の奥に孤独を感じ、未来に漠然と不安を抱いていた僕にとって、夜中に一人で聴くラジオは、親密な温かさと共に、世界への繋がりを感じさせてくれる扉のような役割を果たしてくれた。ディスクジョッキーの言葉は、スタジオから自分だけに語りかけてくれるように感じさせてくれたし、さらに同じ瞬間に、他の場所にも自分と同じようにラジオに耳を傾けている聴き手がいることで、自分は一人じゃないという気持ちにもさせてくれた。
 
深夜ラジオは、みんなが寝静まった暗い深夜の街で、ぽつりと灯りをともしたままの孤独な部屋が、実は一つではなくて、水辺に集まる蛍の光のように、幻想的な光のハーモニーを描いていたことを教えてくれたのだ。そういえば、夜のトラベラーズファクトリーの灯りも、蛍の光みたいに淡くおぼろげだ。
 
飾り付けが終わった店内の写真を、インスタとツィッターにアップすると、次々とさまざまな国の人たちから「いいね」が届いた。「いいね」のマークも蛍の光みたいだと思った。たくさんの人がこの場所のことを気にかけ、新しいプロダクトを楽しみにしてくれているような気がして、心が温かくなるのと同時に、世界への繋がりを感じることができた。
 
翌日には、新しいプロダクトを手にした方々が、僕らの妄想からはじまったトラベラーズホテル、エアライン、トレイン、レコードに思いを馳せて、その妄想を広げてくれるのだろうか。そんなホテルに航空会社、鉄道会社、レコードレーベルは今はまだどこにもないけれど、トラベラーズノートを使い手が好きなようにカスタマイズするみたいに、それぞれの妄想の中で、それぞれのトラベラーズホテルに、エアライン、トレイン、レコードが生まれたらいいな。それはそれぞれの理想のホテルやエアラインであり、さらにそれぞれの理想の旅の形かもしれない。そこから、新しい旅のストーリーが生まれ、新しい出会いや新しい作品が生まれるかもしれない。いつかこのノートをきっかけに誰かが作ったトラベラーズホテルに泊まれたら素敵だな。
 
トラベラーズファクトリーから家に向かって、夜の東京を自転車で走りながら、そんなことを想像した。

今年の夏は、蛍の光を見てみたいな。続いて、蛍たちの幻想的な光のハーモニーが頭に浮かんだ。
 
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