2022年5月16日

追憶の秋田

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トラベラーズバイクでの日本一周の旅は、まず東北を巡ることからはじまった。東北巡りで密かに楽しみにしていたことに、社会人になって間もない頃に仕事で訪れていた町を再訪するということがあった。例えば、かつての担当エリアだった盛岡、八戸、青森などでは、当時定宿にしていたホテルにあらためて泊まってみたり、上司と二人でよく行った寿司屋を再訪したりした。もちろん、営業として通っていた文具店も訪ねた。
 
30年近く経っているから、もう廃業してなくなった店も少なくないし、数少ない今でも健在の店も、顔を知っているスタッフは誰もいなかった。だけど店内に入り、あの頃の面影を見つけると、新社会人時代の不安な気持ちや緊張感とともに、思いがけずたくさんの注文をもらったときの嬉しさ、逆につまらないミスをして怒られたり、予定していた注文がもらえなかったときの失望したことなどが走馬灯のように頭によみがえった。そこにトラベラーズノートが並んでいたりすると、嬉しさとともに、あれからいろいろあったなあと、なんとも言えない感慨深いものを感じた。
 
今回の旅で訪れた秋田は、新人ではじめて担当になったエリアのひとつで、当時の心細く不安な記憶もより強く残っていた。例えば、初めてひとりで出張したときのこと。卸先である問屋に恐る恐る足を踏み入れ、なんとか部長を商談テーブル呼び出して話をする。だけど、秋田弁が強くさらに滑舌も悪いので、とにかく話が聞き取りづらい。部長が言う雑貨屋さんのカタカナの名前を、聞き取れず、「すみません、もう一度いいですか」と3回聴き直したら、「おめえはもういい」と言われ(そこははっきり聞き取れた)、部長は憮然として突き放すように去っていった。新人の僕にとっては、心が落ち込むには十分すぎるこの出来事の後に行った店で商談をした、買いっぷりが良く美人の女性バイヤーが温かく優しい言葉をかけてくれて元気になる。そんな風に気分が上がったり、下がったりを繰り返しながら(下がる方が多めで)なんとか1日をやり過ごした。
 
夜は、ホテル近くを歩き回って見つけた焼肉甲子園というちょっと怪しい雰囲気の居酒屋に勇気を出して入ってみる(当時から怪しいものが好きだった)。壁一面に、「吉幾三 雪国 祝有線一位」とか「若人よ甲子園を目指せ」、「今日も一日お疲れ様」など、習字みたいに筆で書かれた半紙が何枚も貼られていて、それを書いたと思われるスキンヘッドで強面の店主は、調理の合間を縫って10分おきくらいに有線に電話をかけて、吉幾三の曲をリクエストするという一風変わった店だった。ここで食べた、正体不明のさまざまな種類の内臓の肉がごった煮になったホルモン定食もまた、見た目も怪しく、一度もおいしいと思ったことはなかったけど、不思議となぜかまた食べたくなって、その後もそこに通うようになった。
 
あれから約30年、その後一度も足を運んだことがなかったこともあって、今回の自転車の旅で秋田を訪問するのをけっこう楽しみにしていた。だけど、実際に秋田に着くと、当時と変化が激しく、なかなかあの頃の面影を見つけることができなかった。まず秋田駅が建て変わっていて当時の面影がない。さらに駅の近くにあったイトーヨーカドーもフォーラスもなくなっていて(どちらにも当時営業として通っていた雑貨店がテナントで入っていて、そのひとつが例の女性バイヤーがいた店だった)、西武だけは残っていたけど、文具売場はなかった。
 
さらに定宿にしていたホテルハワイ ラグーンという、雪国の秋田とかけ離れた名前のビジネスホテルは跡形もなくなっていたし、焼肉甲子園(これも秋田とはかけ離れている)は、さすがに当時のまま残っているとは思ってなかったけど、街並みがすっかり変わり、その場所すら分からなかった。少し落胆しながら、予約していた全国展開のビジネスホテルにチェックイン、自転車で町をあらためて散策することにした。
 
まずはコーヒーでも飲もうと思い、名前を聞いた記憶があった08COFFEEというカフェへ行った。おいしいコーヒーと店内の穏やかな空気に心も穏やかになった。旅先でゆっくりコーヒーを飲んでいると、自分がその土地に溶け込んでいくような気分になれる。かつての面影を探すのもいいけど、もっと純粋に現在のこの旅の時間を楽しもうと思った。
 
その後、かつて花街だった川反、千秋公園、秋田文化創造館などを巡ってホテルに戻ると、サウナでゆっくり汗を流し、夜の街へ出た。トイレを借りるのに入った駅前のホテルのロビーに、おすすめの店が描かれたマップがあったので、そこで紹介している居酒屋に行くことにした。満席で断られ続け、やっと入れた3軒目の店は、もつ焼きにもつ煮込みがおすすめの秋田名物はまったくない居酒屋だった。だけど、逆に地元に愛されている大衆居酒屋といった雰囲気で、地元の人に混ざりビールを飲んでいると、秋田が少し身近になったような気がして嬉しかった。
 
ふと、当時秋田出張の度にお土産で買っていた金萬というお菓子のことを思い出し、明日、新幹線で東京に戻る前に買っていこうと思った。
  
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