小樽の思い出
ゴールデンウィークが明けて、トラベラーズファクトリーでは、7年ぶりに奈良からNAOTの皆さんが来てくれて、彼らのアパレルブランドentwaと共にポップアップイベントを開催。イベント初日には山田稔明さんが来てミニライブを開催してくれたし、打ち上げでは代表の宮川さんとも久しぶりにゆっくり話もできたし、楽しく過ごした。
そして先週は、6月に開催予定の北海道小樽でのキャラバンイベントの情報を公式サイトにアップ。いよいよいろいろ動き出したという感じです。北海道では初めてのキャラバンイベントだし、飛行機に乗るのだって3年ぶり。トラベラーズは旅をして誰かに会うことでその世界が広がり、仲間が増えていったから、こうやってまたトラベラーズとしての旅やイベントが再開できるのは、なにより嬉しいことです。
北海道は、個人的にも何度も旅で訪れた思い入れ深い場所でもある。仙台に住んでいた頃は、夏休みになるとバイクと共に苫小牧行きのフェリーに乗って、北海道ツーリングを楽しんでいた。北海道に着いてフェリーを降りると、それだけで心は開放感に包まれる。ツーリング中のバイクとすれ違うと、ピースサインを交わして挨拶をするのが北海道の習わしで、そんなことが旅心を盛り上げてくれた。
地平線の先にまっすぐ続く道を風を切って走るのは、すこぶる気持ちいいし、ライダーハウスとかとほ宿のようひとり旅向きの安い宿もたくさんあって、旅人にやさしい。野趣溢れる温泉に、おいしいものもたくさんあるし、僕にとって北海道は、理想的な旅先のひとつだ。
もうずいぶん昔のことだけど、ツーリング中に泊まった富良野のゲストハウスでのこと。夕食をとるために食堂に行くと、その日ひとりで泊まっていたのが僕と、もうひとりだけだったので、ひとつのテーブルで相席してほしいと言われた。そこで「すみません」と声をかけて現れたのが、自分と同じ年頃の女性で、一人旅の食事の時間が一気に楽しいものになった。
食事が終わると宿の主人が「近くにいい温泉があるから行ってきなさい」と僕らを促す。完全に乗り気なくせに「どうします?」と僕はさりげなく声をかけると、「行ってみようよ」と嬉しい返事。一緒にその温泉施設まで行くことになった。僕はバイクで、彼女は車での旅だったので、僕は彼女の車の助手席に乗せてもらうことに。それまでの旅の話や、それぞれの仕事のことなどを話しながらドライブを楽しんだ。帯広で小学校の先生をしているという彼女の仕事の話は興味深くて、温泉に着くまであっという間に時間が過ぎた。
お風呂に入ってさっぱりすると、富良野の来る多くの旅人がそうであるようにどちらも「北の国から」のファンということでドラマに登場したニングルテラスに立ち寄ることになった。ニングルテラスは富良野プリンスホテルに隣接した森の中にログハウスのお土産屋さんが点在するショッピングエリアで、ドラマでは竹下景子演じる雪子おばさんがそこのロウソク屋さんで働いていた。
夜のニングルテラスは、ライトアップされていて、幻想的でロマンチックな雰囲気に包まれていた。僕もちゃっかりロマンチックな気分に浸りながら、偶然訪れたまるでデートみたいな時間を満喫した。それから宿に戻ったけれど、ドラマとは違ってそれ以上のことは何もなかった。だけど、それだけでその旅が華やかに彩られ、印象深いものになったのは間違いない。
その翌日に泊まったのは小樽。富良野から札幌を経由し、小樽に着いたときはもう夕食時だった。そこで、同じ宿に泊まっていたそれぞれひとり旅の男二人と一緒に夕飯を食べに行くことになった。居酒屋でお酒を飲みながら話すのは、ここまでの旅のこと。そして若い男が集まれば、やっぱり話は女性のことに行き着く。
「いやー、旅先での出会いなんてないよなあ」とその中の一人が嘆くように言うと、僕は前日の富良野での夜のことを話した。
「えー、いいなあ」
「別に何かあったわけじゃないよ」
「でも楽しかったんでしょ?」
「まあそうだね」
そんな話をしながら、僕はちょっとした優越感に浸っていた。店を出て三人で街を歩くと、ライトアップされた小樽運河ではカップルがたくさん歩いていた。
「ここは男同士でくるところじゃないな」だれともなく、そんなことを口走った。僕も前日の楽しかった富良野の夜を思い出して、心に寂しい風が吹き抜けていくのを感じた。30年前の小樽での思い出だ。
そんな小樽で(どんな小樽だ)、6月11日・12日にトラベラーズキャラバンイベントを開催します。会場となるUNWIND HOTEL小樽は、古い建物をリノベーションした素敵な空間です。オープンからコラボレーションリフィルとともにトラベラーズノートを扱ってくれていて、イベントをやりましょうとずっと話をしていたのだけど、コロナがあってできなかったのですが、いよいよ開催できることになりました。
旅の思い出は、アーティスト順に並んだレコードの棚のように、記憶の中で旅先ごとに並んで収まっている。そして、レコードをターンテーブルにのせて聴くように、ときどき旅の思い出を心に浮かべ味わう。北海道という旅先は僕にとって、昔からのファンで何年かごとにリリースする新譜を楽しみにしているベテランバンドみたいなものかもしれない。
今は、間も無くリリースされる久しぶりの最新作を待つように、新しい旅を楽しみにしている。