2022年5月30日

C'MON C'MON

20220529b.jpg
 
いつもより少し早めに会社を出た夜。ネットで調べてみると上映時間のタイミングがちょうど良かったので、ずっと気になっていた映画「C'MON C'MON・カモン カモン」を見た。白黒の画面でストーリーの起伏が少ないけれど、じわじわと心に染み込んでいくような素晴らしい映画だった。
 
ラジオジャーナリストのジョニーが、甥っ子のジェシーを何日か預かることになる。なかなか理解し合えない二人のやりとりを中心に、ジョニーが仕事にしているアメリカ各地の子供たちへのインタビューが、ドキュメンタリーのように随所に挿入されながら物語が進んでいく。
 
世界は不公平で、言葉はいつも不十分だから、お互いを完全に理解しあうことなんてできない。愛はたいてい報われないし、未来が奪われることだってあるし、大切な思い出もいつか忘れてしまう。
 
映画の登場人物たちは、僕らがそうであるように何かが欠落したどこか不完全な存在で、ときには欠けているものを埋めようと奮闘し、ときにはそれを受け入れながら、少しずつお互いに心を通わせていく。映画の中で、甥っ子のジェシーが、楽しそうにジョニーの仕事道具でもあるマイクなどの録音機材で拾った音をヘッドフォンで聴きながら町を歩くシーンがある。それを見ながら、ジョニーは言う。
 
「なんで俺が録音するのが好きなのか分かる?ありふれたものを永遠にするって、クールだろ」

人が伝えようとするメッセージに、注意深く耳を傾けることの大切さを伝えるこの映画を象徴するようなシーンで、僕はやっぱりノートのことを考えてしまう。
 
「ありふれた日常を紙の上で永遠にするって、クールだろ」
 
そういえば、トラベラーズノートもまた完璧とはほど遠い不完全なノートだ。パッと開いて、さっと書き留める機能性においては、もっと優れたノートは他にもたくさんあるだろし、革には傷があったり、色も質感も個体差があってそれをネガティブに捉えられることも多い。足りないところが多い不完全なノートだから、使えるようにするために、みんな手入れをしたり、カスタマイズをしなければならない。だけどトラベラーズノートの不完全さに共感するからこそ、不完全な僕らは自分の足りない何かを埋めるようにこのノートと旅をしたり、そこに何かを表現したくなるのかもしれない。
 
僕もまた無力さに嘆くことは多いし、誰かに傷つけられることもあるし、知らないうちに誰かを傷つけてしまって反省することもある。誰かと深く理解し合うのは簡単なことではないし、むしろ理解し合えないことの方が多いかもしれない。そして、世界では相変わらず戦争が続き、分断はさらに広がっているように見える。「いろんなことが思い通りになったらいいのにな」というブルーハーツが少年の思いを歌ったフレーズに50歳を過ぎた今もなおしみじみ共感してしまう。
 
僕らは足りない何かを埋めるように、旅先や日常で中で心が動いた一瞬を切り取り、ノートに表現する。大切なこともいつか忘れてしまうかもしれないから、紙の上でその一瞬を永遠にする。心が深い悲しみに襲われたときには、それをノートに書いて吐き出すことで救われる。いろんなことは思い通りにならないけれど、そんな日々をただ嘆いたり、ときに受け入れたりしてそれを誰かと共感したり、できなかったりして積み重ねていく。
 
もっと優しくなれれば、いろんなことがうまくいくのかな。
 
20220529a.jpg