TRAVELER'S DINER
アメリカの原体験が、テレビのロードショー番組やレンタルビデオで観たアメリカ映画だった僕にとって、ダイナーと言えば映画の世界の風景だった。
映画の中でのダイナーは、例えば『タクシードライバー』の孤独な主人公トラヴィスが、唯一他人と触れ合い世間話をするドライバーの社交場のような場所で、『ブルース・ブラザーズ』ではウェイトレスに扮するアレサ・クランクリンが歌って踊り、『パリ・テキサス』では長いドライブでの旅の途中でささやかな食事と休息を与えてくれる。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では気弱な若者が乱暴者にいじめられる場所で、『パルプ・フィクション』では強盗が襲い、それを客として朝食中だったギャングが追い返すし、『デッド・ドント・ダイ』ではゾンビも襲ってくる。
『バッファロー'66』ではかつて憧れていた女の子が婚約者と一緒に隣のテーブルにやってきていちゃいちゃするのを見て落ち込む男がいる一方で、『ベイビー・ドライバー』では孤独な男とすてきな女のコが出会って恋がはじまる場所でもある。
(ふー。これを書くにあたってあいまいな記憶の正否を確認すべく、上記映画を早送りで観てダイナーのシーンをチェックしたんだけど、つい見入ってしまって、さっぱり進まない)
ダイナーのシーンに登場する食べ物は、大抵の場合うまそうに描こうとする制作者の意図は感じないのだけど、例えば、『パルプ・フィクション』でジョン・トラボルタが、3枚重ねのパンケーキをフォークで持ち上げながら、1枚ずつ丁寧にバターを塗って、さらにその上からメープルシロップをたっぷりかけているシーンを見ると、なんともおいしそうで、自分もいつかアメリカの田舎町にあるような普通のダイナーでこういうものを食べてみたいと思ってしまう。
『パリ・テキサス』で、夜に立ち寄ったダイナーの壁に"BREAKFAST ANY TIME"と書かれていたり、『レスボアドッグス』で、チップを払おうとしない男がその理由を「おれは普段は、6杯はコーヒーをおかわりして飲むのに、ここのウェイトレスは3杯しか注がなかったから」と言うのを見て、ダイナーでは夜中でも朝食メニューが食べられて、コーヒーは何杯でもおかわりできる、なんてことを知った。
『バグダッドカフェ』で、コーヒーマシンが壊れてしまったため、ポットに入っていたドイツ人の淹れたコーヒーを地元のお客さんに出すと、「こんな苦いコーヒーは飲めるか」とクレームを言われるシーンがあるように、実際にダイナーで飲める伝統的なアメリカのコーヒーは、薄いのでガブガブ何杯も飲むことができる。
さらにダイナーを印象付けたのは、スティーブン・ショアというカメラマンによるアメリカの何気ない日常風景を写した写真集だった。建物の壁に描かれたサインは、長年強い太陽の光を浴び続けたせいかすっかり色褪せ、そこに立て掛けられた錆びた看板に、大きな窓から夕暮れ時の太陽の光が差し込むテーブル、そして、溶けたバターがかかった焼きたてのパンケーキ......。そんな写真を見ていると、今までダイナーを一度も訪れたこともないのに不思議と郷愁を感じた。
素朴なパンケーキの写真は、かつて出張先から車で帰る途中に立ち寄った国道沿いの寂れたドライブインで夜にひとりで食べたカツ丼を思い出させた。そういえば、映画に出てくるダイナーもまた、エドワード・ホッパーの「ナイトホークス」で描かれたダイナーのように、寂しさを感じさせるシーンが多かったような気もする。
そんなわけで日の当たる賑やかな場所よりも、影があって哀愁を感じるような場所に惹かれる僕にとって、ダイナーは憧れの場所のひとつになった。
だから5年前のアメリカでのキャラバンイベントの途中で、サンフランシスコからLAまで車で旅をして、移動中にハイウエイを降りると現れる小さなダイナーを訪れたときは、やっと憧れの場所に来ることができて、感動したを覚えている。もちろん、強盗もゾンビも襲って来なかったし、ソウルシンガーがやってきて歌うこともなかったし、すてきな女の子は見かけたような気がするけど、残念ながら恋ははじまらなかった。だけど、今まで見た映画のシーンを思い出しながら、薄いアメリカンコーヒーを飲み、パンケーキやフレンチトーストを食べて幸せな気分を味わった。
先週、公式サイトで、トラベラーズノート限定セットダイナーのリリースを発表したけれど、これはアメリカのスタッフからの提案を受けて作ることになった商品でもある。そのこともあって、アメリカのスタッフが代表的なイメージや写真からトラベラーズダイナーのメニューまで考えて送ってくれて、それを橋本が自分の持っているダイナーのイメージと照らし合わせながら、あのデザインができあがった。
僕はそのデザインを見ながら、トラベラーズダイナーの説明文を考えただけなんだけど、そのイメージは映画や写真集で憧れ、実際に訪れて感動したアメリカのダイナーでありながらも、同時に、かつて日本で訪れたドライブインや町の食堂に対する郷愁をその視点に加えて書いた。できあがったサンプルを手にすると、映画の登場人物みたいに、アメリカのスモールタウンのダイナーを巡る旅をしたくなった。
話変わって、先週末はトラベラーズファクトリーでの今年最後のイベントとして、喫茶オズが開催。いつもとは違った華やかな雰囲気の中、僕も楽しい時間を過ごさせていただきました。
今週末はクリスマス。今年もあと少しです。