2023年12月25日

クリスマスの妄想

 年に一度の健康診断で再検査の通知を受けたため、病院に行ってきた。採血をして診断を受けると、大学病院を紹介するので、そこでもう一度検査をするようにと、医者から告げられた。翌週、大学病院に行くと、今度は大量に採血された上に、CTにMRI、X線検査まで、一日がかりですいぶん大掛かりな検査を受けた。

 その後、診断の結果を聞くために再び大学病院に行くと、医者は神妙な顔をしてこう言った。「TN病という非常に珍しい病気であることがわかりました。このままでは余命2年です」。急激に心拍数が上がり、目の前が真っ暗になった僕は、震える声で「どういうことなんでしょうか?」と言うのがやっとだった。

「実は最近発見された病気で、血流が少しずつ逆流してしまい、ほとんど自覚症状がないまま、ある日、突然心臓が止まってしまうんですよ。あなたの場合、このままだとだいたい2年後には心臓が止まってしまいます。でも、安心してください。ひとつだけ治療法があります」

 ホッとしながら、その治療法を医者に聞くと、それは実に意外な方法だった。

「この病気の原因は、地球の自転と関係しているようなんです。なので、地球の自転と逆方向にゆっくり移動すれば血流が正常に戻っていくのです」

「はあ、自転と逆方向に移動するってどういうことでしょうか?」

「つまり、日本からゆっくり西の方へ移動していくのです。西回りに移動をしながら、1年かけて地球を一周して、最後に日本に戻ってくるという治療が必要になります。例えば、台湾、香港、タイ、インドといった感じで、ひとつの場所に何泊かしながら西に移動して、さらにヨーロッパからアメリカに飛んで、最終的に1年後に日本に帰ってくるんです。もちろん街から街への移動には、飛行機や電車、船を使ってもかまいません。それでも1年かけて旅をするのは大変だと思いますが、薬の服用や検査の必要もないですし、途中で病状が悪化することもありません。とにかく、治すにはこの治療法しかないので、できれば来年早々には旅をはじめた方がいいですね」

 翌日、会社に行き、早速総務部のIさんに相談をすると、病気の心配をしてくれて、親身になっていろいろ調べてくれた。

「治療のためになるべく早く旅立った方がいいですよね。その間、休業するのであれば給料の3分の2程度が傷病手当金として支給されます。あと旅行費用は治療費になるので、保険が使えて自己負担は3割で済むみたいです。その3割も金額によっては高額療養費で払い戻しが受けられます」

「そうなんですね、安心しました。この病気は自覚症状もないし、体も元気なので、毎日は無理かもしれないけど、リモートで仕事をすることもできると思います。チェンマイでトラベラーズの革の工房に行ったり、各地のパートナーショップを訪問することもできますしね。旅の途中でキャラバンイベントのために日本から来たスタッフと合流することもできそうだし」

「仕事ができるのでしたら、例えば週3日くらいは仕事をすれば、その日割りの給料も支給されて、残りの2日は傷病手当金が支給されますね」

 それならなんとかなりそうだ。家族にもそれほど経済的負担をかけずに済みそうだし、治療の間も仕事が続けられるのも嬉しい。トラベラーズのスタッフに相談すると、みんな心配してくれて、温かくその状況に理解を示してくれた。最初に余命2年と聞いたときの不安もなくなり、未来に前向きになって、長い旅の準備をはじめた。

 そんなわけで、来年は1月1日より、まずは台湾へ旅立ちます。せっかくなので、台北から高雄まで10日ほどかけてゆっくり巡り、次は香港へ行く予定です。香港の次は、インドネシアまで南下して、その後、シンガポール、マレーシア、タイと北上していくルートがいいかな。とにかく冬の間は温かいアジアの国々をゆっくり旅をして、夏がはじまる頃までにトルコに入って、そこからヨーロッパを巡りたいと思っています。まだ一度も行ったことがない東欧にも行ってみたいけど、そのころにはウクライナでの戦争も終わっているといいな。

 秋にニューヨークからロサンゼルスまで車で横断し、最後はハワイでクリスマスを迎えて東京に戻る予定です。医者が言うには、TN病は1年かけて西回りで地球をぐるりと回れば、確実に治るとのことなので、旅をしながらゆっくり治療をしたいと思います。旅の模様はこちらでも紹介していきたいと思います。それではトラベラーズスタッフをはじめ、たくさんの方にご迷惑をかけてしまうけど、行ってきます!

 はい、もちろん妄想です。あくまでも自分の意思ではなく、やんごとなき事情で1年くらい旅に出なければいけない状況ってどんな場合があるかなと考えてみたんだけど、無理がありましたね。旅好きにとってあまりにも都合が良すぎるTN病なんていう病気が存在するわけないし、僕自身は今のところ命にかかわる病気もなく元気です。年の瀬も迫ったクリスマスイブだというのに、こんなしょうもないことを妄想しながら、現実逃避をしてしまいました。2024年は、世界一周の旅からはじまるのではなく、例年のようにトラベラーズファクトリーの年始イベントからはじまります。中目黒では、今年もコーヒーの振る舞いも予定していますので、ぜひ遊びに来てください。

 2023年ももうすぐ終わりですね。今年もトラベラーズノートに、トラベラーズファクトリーをご愛顧いただきありがとうございます。

 ジョン・レノンが「ハッピー・クリスマス」を歌ってから50年以上経つけど、いまだに戦争はなくなってはいません。それでもトラベラーズとしては、世界が平和で、世界中の人が安心して暮らし、自由に旅ができるのを願います。

 クリスマスソングといえば、やっぱり今年はアイリッシュ・パンクバンド、ポーグスの「Fairytale of New York」です。11月30日にそのフロントマン、シェイン・マガウアンが亡くなったばかりです。反骨精神あふれ破天荒な性格でありながら、地元アイルランドと音楽を愛するロマンチスト。僕を含むたくさんの人の憧れの存在でした。先日行われた彼の葬式での同じアイルランドのミュージシャンたちによる追悼演奏もすばらしかったので、リンクをつけておきます。

「So happy Christmas
 I love you baby
 I can see a better time
 When all our dreams come true

 ハッピー・クリスマス
 愛しているよ
 きっとうまくいくよ
 僕らの夢がみんな叶うんだ」

Fairytale Of New York / The Pogues
Fairytale Of New York / Glen Hansard and Lisa O'Neill

 皆様、メリークリスマス! そして、よいお年を。