アメリカの本屋やレコードショップ
アメリカに初めて行ったのは、トラベラーズノートが発売される1年前の2005年。そのとき、日本でも新しい形の書店として紹介されていた「バーンズ・アンド・ノーブル」に立ち寄った。巨大な空間に本がずらりと並び、ところどころに椅子が置かれて、自由に店内の本を読むこともできる。まるで居心地のいい図書館みたいな場所で、ちょっとした感動を覚えた。その後、バーンズ・アンド・ノーブルの影響を受けたと思われる、おしゃれな内装で立ち読みどころか堂々と座って店内の本を読める書店を日本でも見るようになった。
それから10年以上経つと、状況は一気に変わる。アマゾンや電子書籍、最近ではオーディオブックなどが登場することで、出版不況と言われる状況になった。店頭で本を販売するというビジネスを変化させなかったバーンズ・アンド・ノーブルは業績が悪化。後を追うように日本の書店チェーンも同じ状態になった。
旅をしたとき、その土地の本屋やレコードショップを訪れるのが好きで、よく訪れる。その後、アメリカを訪れる機会が何度かあったけれど、バーンズ・アンド・ノーブルには、あえて時間を作って足を運ばなかった。それより独立系の書店の方が圧倒的におもしろかった。
そんな中、最近バーンズ・アンド・ノーブルの業績が回復しているというニュースを聞くようになった。その理由を調べてみると、それまでのチェーンオペレーションによる画一的な品揃えから、各店の地域に密着した独自の品揃えに切り替えたためとある。
それはそれとして分からないわけではないんだけど、依然としてアマゾンは強いパワーを持って存在するし、そもそも紙の書籍の売上自体は依然落ちている。全米で600店舗ある巨大チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルが復活する理由としては、正直納得できなかった。
そんなわけで、先月イベントでアメリカに行った際に、久しぶりにバーンズ・アンド・ノーブルを見ておこうと思っていた。実際に訪れることができたのは、サン・フランシスコ郊外にある巨大モール内の店舗だった。閉店間際だったので、それほどゆっくり店内を見ることはできなかったけれど、正直に言えば以前見たときとさほど変化が感じられなかった(もちろん、細かい品揃えの変化が分かるほどアメリカの本に詳しいわけではないので、かなりざっくりした印象だけど)。
唯一感じたのは、文房具売り場が以前より少し広くなったくらいで、日本製の文房具がけっこう並んでいた。いずれにしても、実際に店頭見ても、僕にはその好調の理由を感じ取ることができなった。
一方、今回もいくつかの独立系の書店やレコードショップにも足を運んだ。ロサンゼルスのザ・ラストブックストアは、相変わらず圧倒的な物量で本という物体が醸し出すパワーと魅力を体感させてくれたし、サンフランシスコのシティライツ書店は、今もカルチャー発信地としての存在感を示してくれた。
シアトルで訪れたレフトバンクブックスは、壁中にチラシやステッカーが貼られ、落書きまであって、まるで老舗のパンク系ライブハウスみたいな雰囲気が漂う書店だった。さすがグランジ発祥の街だとワクワクしながら店内を巡った。ここでは、今回訪れた他の書店ではほとんど見つけられなかった手作りのZINEもたくさん並んでいたので、何冊か手に入れた。これらの独立系書店で味わうことができる、店内に入ると同時に胸が高鳴り、宝探しをするように本を探す感覚は、アマゾンでは味わえない。
レコードショップもいくつか巡った。以前訪れたときよりも、レコードショップは増えていて、アナログレコードが着実に市民権を得ているような気がした。オンラインによるサブスクで音楽を聴くことが完全に定着しているけれど、一方で、フィジカルな物体を通してアナログで、音楽を聴きたいという人も一定数存在する。いつもはスマホで音楽を聴くけど、たまにはゆっくりレコードで聴きたいという人もいる。そんな価値観が少しずつ浸透しているのを実感できた。
最近レコードプレイヤーを買ったというスタッフに、僕は店頭に飾られていたベルベットアンダーグラウンドのファーストアルバムを勧めた。アンディー・ウォーホルがデザインしたバナナのジャケットが有名なアルバムで、店にあったのはバナナの部分がステッカーになっている完全復刻版だった。
日本に帰ってから感想を聞くと、「良かったですよ」と彼女。それを聞いて僕は、アメリカで買ったレコードに針を落として聴くという体験とともに、あの名盤に出会えることを羨ましく思った。ちなみに僕が持っているのは、高校時代に買ったCDで、バナナの黄色はすっかり焼けて色が飛んでしまっている。当時のCDは今より作りもそっけなく、プラスチックのケースに、コート紙に印刷したジャケットが2つ折りになって入っているだけで、趣は一切ない。
ロングビーチで訪れたレコードショップでは、店の裏まで案内してもらうことができた。キッチンにロフト式のベッドもあり、店主はそこで寝泊まりしているとのこと。さらに作業台があって、店内で販売しているTシャツのシルク印刷をしていたり、デザインの仕事もしている。棚には印刷用のインクに、画材や工具類も並んで、好きなものに囲まれ、好きなことをして暮らしているという雰囲気がひしひしと感じられる空間だった。
今回の旅で訪れた独立系の書店やレコードショップは、店主の好きなものがたっぷり詰まっていることから感じるワクワク感に満ちていた。この時代に、紙の本やレコードなどのアナログを愛し、あえてそれを生業するのは、世の中の流れに逆らう行為と言えるのかもしれない。
だけど一方で、SNSにDX、AIなどのデジタル化が加速すればするほどに、そのことに違和感を持ち、アナログに触れたいと考える人も増えているのを感じる。もちろん、そんな人たちは少数派ではあるけれど、それゆえに深い愛を伴ったネットワークが生まれる。そんな少数派集団が少しずつ増えることで、紙の本やレコードなどのアナログの価値は、より高まっていくのかもしれない。そう考えると、ノートの未来だって明るい。
そういえば、バーンズ・アンド・ノーブルの業績がこのタイミングで上がっているのは、その予兆なのかもしれない。それに画一的な品ぞろえをやめて、独立系書店のように各店のスタッフが自分の好みを反映させながら、お客さんに丁寧に向き合って品揃えをしていくことだって、間違っていないように思える。いずれにしても、本好きとしては、本屋が元気なのは嬉しい。