2024年12月16日

Cool Hand Luke

 1か月ほど前のことになるんだけど、会社の社内研修の一環で、各ブランドのマネージャーが講義をするということになり、僕もトラベラーズについて話をした。

 総務の担当者によると、ブランドの考え方とか、どんな思いで作ってきたかということを若い社員に向けて語ってほしいとのこと。そういうことは、このブログを読んでもらえば分かるのにな、なんて思いながらも、それを1時間の講義で話すわけにもいかない。ざっくりパワポで資料を作って、あとは聞いている人の反応を見ながら話そうと、あまり準備をせずに講義に臨むことにした。

 パワポの資料を作成中に、トラベラーズノートの世界ができあがっていく過程で、それまで自分が触れてきた音楽や映画、本などの影響をそこに反映させたということを言いたいと思った。そこで、自分が好きなCDや映画のポスター、本の表紙などの画像を並べたシートを一枚挿入しておいた。

 講義が始まり、そのシートの場面になるとつい力が入ってしまい、「僕はパンクロックが好きでね」なんてことを言ってしまう。すると、ポカンとした表情をする人もいたけど、みんな真面目に聞いてくれている。

 そこで僕も調子にのって、『ロンドンコーリング』のジャケットを指差しながら、「このアルバムを作ったクラッシュというバンドのジョー・ストラマーは、パンクはスタイルじゃなくてアティチュード、つまり生きる姿勢だと言ったんです。同じようにトラベラーズにとってのトラベラーは、旅という行為そのものだけではなく、生きる姿勢でもあるんです」なんて言う。

 面倒なおじさんの自分語りみたいだし、そもそも興味もなさそうなのが表情で分かるので、最近はこの手の話をするのを避けていたんだけど(そんなことないって言われそうだけど、心持ちとしては避けているつもりなんです)、講義という場であるのをいいことに、つい熱く語ってしまう。

「アメリカン・ニューシネマというムーブメントがありまして、それまでの映画のルールとか撮影方法をぶち破った、低予算で革新的な映画が生まれたんです。トラベラーズもこうでなければいけないという業界のルールとか枠を超えるような存在になりたかったんです」と話は飛んでいく。

 アメリカン・ニューシネマの代表作でもある映画『イージーライダー』や『暴力脱獄』の画像を指差して、「これらの映画を観たことがある人いますか?」と言うと、誰も手をあげない。手をあげた人に質問を重ねて話を展開しようと思っていたのに、それもままならない。そこで、「これは主人公のルークが刑務所に入る話なんですね。彼はルールや型にはめされることが嫌いで、本来辛い場所でなければいけない刑務所を楽しい場所に変えてしまうんです」と『暴力脱獄』のストーリーを説明しながら話を進めた。

 ちなみに『暴力脱獄』は僕が最も好きな映画のひとつ。タイトルを聞くと、なんだか暴力的で怖い映画に思えるかもしれないけれど、そんなことはない。原題は「クールハンド・ルーク/Cool Hand Luke」で、こっちの方がしっくりくる。

 映画は、主人公のポール・ニューマン演じるルークが、パーキングメーターを壊して、警察に捕まるところからはじまる。ルークは刑務所に入ると、その飄々とした態度のため、腕っぷしが強く囚人のボス的存在ドラグラインに目をつけられ、ボクシングの挑戦を受ける。

 すると「さよなら、ドラえもん」で、ジャイアンと殴り合いのケンカをするのび太のように、ルークは何度倒れても立ち上がる。最後には、ドラグラインは怖くなり「おれの負けだ。ゆるせ」と言って殴るのをやめてしまう。そのことでルークは、囚人たちから一目置かれる存在になる。

 それからも強制労働として課せられている道路工事を二組に分かれて競争しようと投げかけることで、ゲームのように楽しみながら作業を予定時間より早く終わらせてしまったり、ゆで卵を50個食べると豪語し、苦しみながらも本当に食べてしまったりして、みんなの心を掴んでいく。囚人たちは、ルークの影響で笑顔が増え、希望を感じるようになるのだ。

 一方そのことにより、ルークが嫌いな権威や権威の象徴でもある刑務所長や看守に目をつけられ、いじめのような懲罰が与えられるのだけど、その鼻をあかすようにルークはまるで旅するみたいに脱獄を繰り返していく。

 学校や会社などにちょっとした息苦しさを感じている人なら、映画の中の刑務所は、僕らが社会のメタファーでもあるのが分かると思う。どこにだって僕らを押さえつけようとする権威は存在するし、苦役のような勉強に理不尽な仕事もたくさんある。できればルークみたいにそれらを軽快に飛び越えて、楽しみに変えたいと思うんだけど、なかなかそうはいかないことも知っている。

 だけどトラベラーズノートの仕事を始めたときに、ルークみたいに飄々と笑顔で仕事ができるかもしれないと思えたのだ。仕事のヒントは、業界のルールやマニュアル、先輩の教えだけでなく、今まで自分が好きで触れてきた映画や音楽、本にもたくさんあることに気づいた。仕事とは別物だと思ってきた個人的な趣味が、仕事とつながったときに、その可能性がぐっと広がって楽しくなった。

 例えば、同僚はバンドメンバーのような存在になり、曲作りをするようにプロダクトを作り、アルバムジャケットをデザインするようにパッケージやカタログを制作し、ライブをするようにそれをお客さんに伝える。僕が好きなバンドのやり方を参考にして、好きな映画や本のオマージュを織り込んでいく。そのために、それまで以上に、音楽を聴き、映画を観て、本を読むようになったし、より真剣に仕事をするようになった。データとか仮想のターゲットよりも、自分の直感や好きな気持ちをまず信じてみる。僕が講義で一番伝えたかったのはそのことなんだけど、少しでも伝わったらいいなと思う。

 講義の後で、参加者の感想をリストにして送ってもらったんだけど、それを読むと概ね好評のようで、ほっと胸をなでおろした。まあ僕が読むのを分かって書いているから、つまらなかったとは書かないよね。