2008年1月31日

TRAVELER'S books 放蕩の旅人

前にも書きましたけど、「男はつらいよ」を見て育った私は、寅さんのような生活に憧れて、小学生の頃は、将来寅さんみたいな仕事をしたいと思っていました。あんな風に、日本中を旅しながら仕事をし、いろいろな女性と恋をしたりして気楽に暮らしている姿は、やはり今でも憧れます。
 
放蕩という言葉の意味を調べると「ほしいままにふるまうこと」とあります。人様に迷惑をかけなければ、まさに自由な旅人の原点なのかもしれません。しかし、その裏には、最後には振られてしまう寅さんのように辛い局面があるのも世の常です。それを分かっていながら放蕩の旅に出る達人たちの本を紹介します。
 
 
「火宅の人」檀一雄著
 
檀一雄の自伝的な小説です。家族を顧みず、愛人との生活をしながら自由奔放に一つの場所に腰を落ち着けることなく生きていく姿は、まさに放蕩の旅人です。
 
「いつの日にも自分に吹き募ってくる天然の旅情にだけは、忠実でありたい」女と酒と旅に溺れながら破滅に向かう生活は、やがて孤独や寂寥感をより深める結果になります。それでも、そんな結果を自嘲的に受け入れる。ひとり旅が好きな人は、きっとこの寂寥感に共感できると思います(沢木耕太郎著の「檀」は火宅の人の生活を檀夫人の視点で描かれています)。
 
 
「町でいちばんの美女」チャールズ・ブコウスキー著
 
トム・ウェイツやU2のボノが敬愛する酔いどれ詩人ブコウスキーもまた、放蕩旅人です。彼の魅力は、彼独特のリアルな視点で世の中の不正や疑問をえぐっていきながら、同時に、彼自身のコンプレックスや心の弱さを無防備にさらけ出しているところです。

アメリカの底辺の暮らしに安住する人たち、ブコウスキーはそれを否定も肯定もせず、自らもそこに一緒に溺れ、その生活を優しく描きます。彼自身50代で作家として成功するまでは、その底辺の生活にどっぷりとつかっていましたし、作家として有名になってからもその姿勢を変える事がなかったからこそリアルにそれが伝わります。とにかく、そんな姿勢がたまらなくかっこいい!
 

「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー著
 
新訳が出てベストセラーになっています。私もむかし読んで途中で挫折したくちで、新訳で最後まで読み切ることが出来ました。とても長い小説ですが、物語の大半が、放蕩家族カラマーゾフ家の周辺でおこる3日間の出来事を綴っています。どろどろした男女関係と純粋な恋愛、放蕩生活をする人たちと慎み深い人々、神の存在を否定する人と肯定する人、あらゆる人間のテーマを深く高密度な筆致で語ってきます。
 
読了後、ロシアのカラマーゾフ家の放蕩生活の中を数日間、旅してきたかのような疲労感と新鮮な清々しさを感じました。まさしく人生は旅であると実感。
 
 
「男はつらいよ 寅さんの人生語録」山田洋次、浅間義隆著
 
日本で一番有名な放蕩の旅人といえば、やっぱり車寅次郎ですよね。だらしなく女性にうつつを抜かし、定職につかずテキ屋家業で旅の生活をおくる。でも、女性に対してはプラトニックに徹し、ヤクザ稼業といえども犯罪や仁義に反することには手を染めない、いつもお金には困っているけど借金に手を出している様子もないし、実はすごくまっとうな人だったりもします。
 
それがみんなに愛されている理由でしょうし、作り話だからと言ってしまえば、「それを言っちゃあおしめいよ」と身も蓋もありません。とにかく、そんな人だからこそ寅さんの言葉は含蓄があり、心に響くのでしょうね。別れ際、人差し指を立てて「行き先?まあ風にでも相談して決めるよ。」言ってみたいなあ。