2010年8月30日

濹東綺譚


 
雑誌BRUTUS最新号の特集は「東京の東へ」。スカイツリーの建設で話題の隅田川流域エリアが、あらたなカルチャーを発信する場として特集されています。今までファッションやカルチャー系の雑誌では、まったく無視されてきたこのエリアで生まれ育ち現在も住んでいる私としては、思わず熱くなってしまう特集なのです。
 
クリエイターたちや小規模のブランドがこのエリアに移っている背景には、賃料の安さや職人や町工場が周囲に集中していることなど様々な理由があると思いますが、面白いところは、大手資本による誘導ではなく、インディーズの自発的な動きによって、このエリアが少しずつ変わっていること。
 
だから、その変化も実は地味で、例えば、シャッター商店街のなかの古い建物を使った個人経営のショップや古い長屋を改築したカフェがぽつんとあるようなレベルだったりします。でも、その街のコミュニティーや歴史と密接に関わりながら、新しい文化を作ろうとしている姿は資本投下型のスクラップ・アンド・ビルドによる大量消費社会以降の、新しいサスティナブルな消費文化を作り上げる可能性を感じさせてくれます。スカイツリーは、その動きとはあまり関係ないところで、象徴的にそびえ立っています。
 
永井荷風の「濹東綺譚」は、スカイツリーにほど近い向島玉の井を舞台にした小説です。この小説が書かれた昭和11年頃、このあたりは私娼街となっていて、狭い路地にその手の店がたくさんあったそうです。今でもこのあたりを歩くと、曲がりくねった細い路地がたくさん残っていて、そこに下町風情を感じる長屋を見つけることもできます。
 
小説の主人公は、隣の家から聴こえてくるラジオの音を嫌悪し、震災前の東京の風情が残る玉の井に通うようになります。そこで、
娼婦のお雪と出会い、そして、別れるまでを玉の井の情緒的な風情とともに美しくも哀しく描いています。
 
ここで描かれている玉の井の魅力は、懐かしさや親しみを感じる素朴で古い町並み、そこに住む人の飾らない純朴な人柄、そして、荷風がラビラント(迷宮)と呼んだ下町特有の並ぶ込み入った路地とそこにある盛り場が醸し出す妖しさ。
 
実は、この魅力はBRUTUSが今の東京の東の魅力として伝えていると部分と重なるところが多いのです。この小説を読むことで、このエリアの本質的な魅力を見つけるヒントがたくさん見つけることができます。これからは、東側が面白くなってきますよ!