最後の冒険家
少年の頃は、日々の生活のなかにたくさんの冒険があった。自転車で知らない街に行ったり、近所の倉庫に忍び込んでみたり、放置された空き地の中に基地を作ってみたり・・・。大人に怒られたり、道に迷ったりするというリスクがあったけど、胸のときめきを感じながら、新しい発見を求めて未知の世界に足を踏み入れる。その頃は、世界は未知で未踏の場所に溢れていたし、自分の意志で開拓していくべき冒険の場所は無限にあった。さらに一緒に冒険をする仲間もいた。
石川直樹氏の「最後の冒険家」は、熱気球によるヒマラヤ越えや高度・距離・滞空時間の世界記録を達成した神田道夫氏の冒険の記録を記した本です。著者自身も神田氏に同行し、熱気球に太平洋横断に挑戦し、失敗。そのときの九死に一生を得た体験がリアルに描かれています。その失敗後、神田氏は単独行で再度太平洋横断に挑戦。そして・・・。
不屈の精神を持って冒険の世界に向かっていく彼は普段は町役場に勤める普通の公務員。趣味で熱気球の世界に足を踏み入れて、富士山越えや日本アルプス越えをするうちに、どんどんその世界にはまっていき、完全なアマチュアでありながら、世界記録を達成し世界的な冒険を実行していきます。昔ながらの地理的な冒険が限界となっている中で、世界初の熱気球太平洋横断遠征に挑戦した神田氏を最後の冒険家とよび、敬意を込めて冷静に熱くその足跡を綴っています。
現在では、冒険とはその行為の主体性が大切であると著者は語っています。地理的な冒険が消滅してしまった現代、冒険的な行為とは、ハードな辺境での移動だけではなく(それ自体をお膳立てしてくれる旅行会社がある今では)主体的な意志を持って、自分なりのテーマで生きていくことそのものなのです。
自分の中にわきおこる衝動を抑え込まず全力で自分の生き方を貫いた神田氏はまさに本物の冒険家であり、そして今、普通に生きている私たちにも冒険家になるチャンスがあるのです。きっと子供の頃は誰でもそうであったように。
新しいことを始めようと思う人に勇気を与えてくれる本です。