TRAVELER'S HOTEL
台北の空港に着いたのは夜7時を過ぎた頃。外に出た瞬間、南国特有の生温かい湿気に包まれました。街に向かうバスに乗り、窓から外を眺めると、雨が降った後らしく、水たまりに車のテールランプの灯がぼんやりと映っています。少しずつ町に近付くにつれて、ネオンや看板の灯りが増えてきました。
青や赤の蛍光灯の光るガラス張りの小屋の中で若い女性がぼんやりと外を眺めているのは、檳榔という噛みタバコを売っている店。それを知ったのはこの旅が終わる頃でしたが、ネオンと女性が醸し出す妖しい雰囲気は、ウォン・カーウァイの映画の世界の様で、異国にいることを実感させてくれます。
台北駅を過ぎてしばらく走ると、日用雑貨や修理工、食堂などのお店が連なっている裏通りに出ました。どの店も間口が狭くごちゃごちゃしていて、半ズボンにランニングシャツを着た親父が切り盛りしているような感じ。そんな下町の繁華街でバスを降りました。
人の雑踏、その間をすり抜け走るバイクの音と排気ガス、臭豆腐の突き刺さるような臭い、屋台の鉄板の上で卵焼きを焼く音、物売りの掛け声。その中に身を浸しながら歩いていると自然に旅にいる喜びを感じて、胸が高鳴ってきます。この高揚感が味わいたくて旅に出ているのかもしれません。
旅先で出会った友人がノートの片隅に記した走り書きの住所とモンドリアンの抽象画のようなそっけない地図を頼りに今夜の宿を探して歩きました。
私が台北に着く直前まで降っていた雨は、どうやら大型の台風だったようです。お店の中まで水浸しになった店内をモップを持って掃除していたり、濡れてしまった商品を店先に山積みにしている姿を何度も見ました。それでも台風に慣れているからなのか、明るい表情で、そんな作業をこなしています。それよりも、やっと自由に夜の街に繰り出せるという台風一過の高揚感で、街は不思議な賑わいを見せていました。
ふと、上を見上げると目的地に着いたことに気付きました。あの友人が言っていたように、牛肉麺の看板の下に、ホテルの名前が見えます。その古いビルの中に入っていくと、年代物のエレベーターがありました。手動式の扉を開けて、真鍮のハンドルをUPの表示に向けて立ち上げると、ゆっくりとエレベーターは動きました。
ホテルがあるフロアに着き、扉を開けると黒光りする木の床に、戦前から使われているような風格をあるデスクが見えました。その横には、バロック調の装飾が施されたスタンドライトがオレンジ色の優しい灯りをともしています。ダイアル式の黒電話の横にある真鍮のベルを鳴らすと、奥のほうから髭の生えた老人が現れてきました。
目が合うと同時に、温かい笑顔を見せて一言「トラベラーズホテルへようこそ」と声をかけてくれました。その瞬間、このホテルがとても居心地の良い最高のホテルだと確信をすることができました。そして、デスクの片隅に置いてあったホテルのステッカーを手にとり、ノートに貼付けました。
トラベラーズノート担当デザイナーハシモトの渾身の力作、5周年カスタマイズステッカー。その中のひとつには、こんなストーリーが隠されているのかもしれません。世界の街のどこかにあるかもしれないトラベラーズホテル。パッケージを開けてカスタマイズをする時、それを少しだけでも想像してもらえると嬉しいです。