2011年5月23日

1001話をつくった人


 
そうだ、星新一の本が好きだったんだ。先日お邪魔した手紙舎の本棚に氏の本が並ぶのを見て、ふと思い出した。
 
星新一氏の本を読むようになったのは、まだ小学生の頃。ショートショートと呼ばれる彼の小説は、ひとつひとつの話が短い上に、文章が平易でオチもはっきりしていて小学生でも楽しく読めるような話ばかりでした。自分の小遣いでマンガではなく、大人が読むような文庫本を買うことで、ちょっと大人になった気分を味わっていたのを思い出します。きっと同世代の人には同じような経験をお持ちの方も多いと思いますが、彼の本からSFというジャンル、さらには本を読むことの楽しさを教えてもらいました。
 
彼の本は単に読みやすいだけでなくて、洗練された皮肉や文明批判、さらには生きる意味を問いかける話も多く、そこからいろいろ人生に必要なことを学びました。まだ幼い頃に出会えたのは、とても幸運だったと思います。しかし、中学生になると筒井康隆や小松左京などのSF、さらに太宰治など他の文学作品に興味の対象が変わっていきました。そして、氏の本を手にする機会もなくなりました。
 
その星新一氏の生涯を描いた本、最相葉月氏著「星新一1001話を作った人」を読んでみました。星新一氏の父親は、戦前には誰もが知っている大企業だった製薬会社の社長でした。しかし、晩年は官僚による理不尽な仕打ちや運の悪さによって、会社は倒産寸前までに追い込まれてしまいます。
 
長男の新一氏は父親の死後、若くしてゴタゴタの状態の会社を引き継ぎました。もともと経営の才能も興味もなかった彼は、アメリカから伝わったばかりのSFに没頭し、自らもSF小説を書きはじめるようになります。そして、同時に会社経営からは身を引きました。その後、日本のSF第一人者として、その確立に大きく貢献をします。さらにショートショートという新しいスタイルを作りました。エフ氏のように登場人物の名前をあえて記号化し、感情描写を排除した独特の文章は、私小説が主流の当時の日本文学とは相反するスタイル。それゆえに人気がありながらも文学的評価は全く与えられませんでした。
 
この本を読み、彼の生涯を知ると、その洒脱な物語とは裏腹にたくさんの苦悶と戦いがあったことがわかります。借金まみれのなか会社の存続のために戦い、裏切りや挫折を味わう。小説家になってからもまだ異端だったSFの地位向上のために戦う。SFの地位が確立されてからは、後輩の評価が高まるなかで、自分自身は文学的評価がまったく得られないことに嫉妬や焦りを感じる。
 
しかし、最も辛く苦しかったのは、無から宝石のような輝きを持った1001話のショートショートを生み出すための自分自身との戦い。一人部屋閉じこもり、身を削るような苦しみから生み出していたことがわかります。悩んだり、いらいらしながら試行錯誤を繰り返す。うまくいかず焦ったり、怒ったり、悲しんだり、つまらないことでいがみあったり・・・。戦わなければならないこともあるし、不安になることもあるけど、自分たちのやり方を追求する。でも、それを乗り越えてイメージが形になった瞬間にすべて報われて、最高の喜びが待っている。
 
新しい何かを生み出すということは、そういうことなんですよね。もう一度少しずつ氏のショートショートを読み返してみようと思います。初めて読んでから30年以上経つ今、また新しい感動を与えてくれそうな気がします。