2012年5月14日

旅する木


 
場所は大昔のアラスカのどこか。早春のある日、一羽の鳥がトウヒの木に止まり、木の実をついばみながら、その実の一つを地面に落としてしまいます。その木の実は、風や雨、小動物によって、フェアバンクスの森まで運ばれ根付き、何十年という時を経て大木へと成長しました。さらに長い年月を経て、雪解けの季節を迎えるたびに川が森をすこしずつ削りながらその道筋を変えていき、ついに森の中心にあったトウヒの木の側まで迫りました。そして、その頃には巨木となったトウヒの木は、川の沿岸にそびえ立つようになります。
 
ある春の雪解けの大洪水でトウヒの木は、倒されて川に流されてしまいます。いくつもの川を伝い、ユーコン川からベーリング海まで運ばれます。さらに北極海流の流れにのって、アラスカ内陸部の森で生まれたトウヒの木は、遠い北のツンドラ地帯の海岸にたどり着きます。木のないツンドラ地帯の海岸に流れ着いた流木は、長いあいだ水の中を流されたことで削られて丸みを帯びた独特の存在感のある風貌へと変化し、荒涼とした原野でランドマークのように静かに横たわっていました。
 
また月日が経ち、一匹のキツネが、すっかりカラカラに乾いた流木を自分の住処としました。ある日、キツネを追って流木までやってきた一人のエスキモーが、そこに罠をしかけ捉えようとしますが逃がしてしまい、しょうがなくその流木を原野の家まで持ち帰ります。家の薪ストーブに放り込まれて、トウヒの木の何百年も続いた長い旅はついに終わりを迎えますが、燃えてしまった木は、煙へと姿を変えて大気のなかへまた新たな旅を続けていく・・・。
 
星野道夫氏の「ノーザンライツ」のなかで語られていた旅する木の話です。こんな壮大な旅の話を読むと、私たちの存在や日々の悩みは、太古の昔から綿々と続いている大自然の壮大な旅の中のちっぽけな一部でしかないのかもしれないと思ったりします。そういえばノートに使われている紙も、長い旅を経てやってきた木が原材料なんですよね。
 
ぼくらは、大自然の壮大な旅に憧れ想いを馳せ、畏敬の念を抱きながら、正直に真摯にちっぽけな旅を続けていくだけなのかもしれません。
 
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