2012年7月17日

パリにはシェイクスピア&カンパニーがある


 
シェイクスピア・アンド・カンパニー書店は、パリにある小さな本屋です。
 
1951年アメリカ人ジョージ・ウィットマンに開かれたこの書店は、ウィリアム・バロウズやヘンリー・ミラーなどパリに暮らしたボヘミアン作家たちが通っていたことでも有名ですが、この場所をもうひとつ特徴付けているのは、世界中からパリを目指してやってきた無一文の若い作家に店の手伝いをさせるかわりに、寝床を提供していること。この書店のことを綴った本を読んで以来、パリに行ったらぜひ訪れてみたい場所のひとつでした。
 
さて、シェイクスピア・アンド・カンパニー書店を目指してセーヌ川左岸沿いを歩くと、川沿いには古書を販売する露店がいくつもあります。観光客向けの絵葉書やヴィンテージポスターの模造品から、フランス文学、雑誌、絵本などの専門書など、露店によって得意分野が異なり、一軒ずつゆっくり見て回るのも楽しい。
 
ノートルダム寺院を横目に通り過ぎたころ、お目当ての場所に着きました。店の前には、本が詰まった木箱が置かれ、たくさんの人が本を手に取ったり、ぼんやり眺めたりしています。高まる胸を抑えながら店内に入ると、壁中の本棚に天井までぎっしりと高い密度で積み上げられた本に囲まれた空間が広がっていました。それぞれの本が発する物語やメッセージを想像しながら、そこに身を浸すと自然と満たされた気持ちになります。
 
狭い店内を奥まで進み、2階へと足を運ぶとさらにその空間は混沌としてきます。無造作に取り付けられた荒っぽい造りの本棚、そこにぎっしりと並ぶ本、壁に貼られている黄ばんだ古いチラシやポスター、さらに壁に描かれた本への愛に満ちたメッセージ。それらを眺めていると、本や文学が本来持つ自由を追求する精神を思い出させてくれます。

「やっぱり、本って素晴らしい」そんな当たり前のことを思わずつぶやいてしまうのです。
 
部屋の所々に置かれた椅子には、世界中からやってきた本が好きな旅人たちが座り本を読んでいます。神妙な顔をしていたり、微笑んだり、本に向かう表情はさまざまですが、みんな幸せそう。奥の部屋にはピアノが置かれていて、自由に弾けるようになっています。すると、ここの住民らしき若者がおもむろにエリック・サティを弾き始めました。「音楽界の異端児」と称されていたサティの音楽は、まさにこの空間にぴったり。ぼくは、この場所に立ち合えたことを心から喜びました。
 
パリには、シェイクスピア&カンパニーがある。ここでとっておきの1冊の本を見つけた感動は、ネット通販や電子書籍では絶対に味わうことができないし、チェーン展開で他の場所へコピーすることもできない、本への愛に満ちた唯一無二の場所。ここに来なければ感じることができない何かを求めて世界中から旅人が訪れる場所なのです。
 
現在この書店の運営は、創業者の娘、シルヴィアによって受け継がれています。今も若い作家に寝床を与え、精力的に朗読会などのイベントが開かれているそうです。この場所が醸し出す人を魅了する磁力は、本とこの場所、そしてここに集まる人達への彼女とその仲間たちの限りない愛情によって生まれているのだと感じました。