2013年4月 8日

あめりか物語

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先日、トラベラーズファクトリーでスターフェリーの写真を眺めながら60年代に香港に住んでいたことを懐かしそうに語ってくれた年配の紳士がいました。その頃の香港は、水上生活者がたくさんいて、一度入ると二度と出られない無法地帯と言われた九龍城があって今以上に混沌としていたことが想像できます。ぼくらは、その頃の香港を旅することはできないので、話を聞いたり、本を読んだり、映画を見たりしながら、想像の旅をするしかありません。
 
永井荷風の「あめりか物語」には、今から100年前のアメリカの風景とそこで暮らす日本人移民の姿が描かれています。その中で最も印象的だったのは、著者がニューヨークのチャイナタウンを歩く姿。

「醜いもの、悲しいもの、恐しいもののあるらしく思われるところをば、止みがたい熱情に迫られて夜を徹してでもさまよい歩く。」と綴った後に描かれたチャイナタウンの裏側の様子は、目を背けたくなるような恐ろしい光景が描かれています。「ここは乃ち、人間がもうあれ以上には、堕落し得られぬ極点を見せた、悪徳、汚辱、疾病、死の展覧場である」しかし、末尾には、恐ろしく悪徳があふれるチャイナタウンに対して、こんな言葉で締めくくっています。「私はチャイナタウンを愛す。私はいわゆる人道慈善なるものが、遂には社会の一隅からこの別天地を一掃しはせぬかという事ばかり心配している」
 
今、この場所が当時と同じであることはないとは思いますが、100年前の荷風の視点を思い出しながら、歩いてみると、旅の奥行きが増すような気がします。
 
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