台北のホテル
台中でのイベントを終えて乗った21時30分発の台湾高速鉄道は、行きとは違って空席も多く、まばらに座る乗客たちは、眠っていたり、静かにスマホをいじっていたりして、車両のモデルとなった日本を走る新幹線の夜の車内と変わない、どこかけだるい空気が流れていました。
台北駅に着くと、タクシーに乗りインターネットで予約したホテルの住所を伝えました。中秋節による連休のため、価格が高いうえにどこも満室で、やっと4名分を予算内で予約ができたホテルは、ウェブサイトにアップされていた写真を見る限り何の変哲もないビジネスホテルといった感じ。大通りに面したホテルの薄暗く小さな入り口を見つけると、あまり期待をしていなかったとはいえ、ちょっとした落胆を感じました。味気ない受付カウンターで、チェックインをすると、2名はそのままルームキーを渡されたのに、ぼくともうひとりには、奥にあるドアの先を指差し、あっちでキーを受け取ってくれと案内されました。
ドアを開けると、別館のようにホテルが続いていて、そちらにも受付カウンターがありました。そこで名を告げるとキーを渡されました。なんとなくいやな感じを持ちながら部屋に入ると、その予感は的中しました。部屋の壁にはルネサンス風の安っぽいアーチ型の装飾があって、曇りガラスで仕切られた不相応に広いバスルームには、ちょっと悪趣味な紫色の大きなバスタブが鎮座しています。
つまりそこは日本の場末にある古いラブホテルのようで、きっと同じ目的で使われていたホテルを普通の旅行者向けに改装した部屋なのです。だけど、白い壁紙は法律でホテル内での喫煙が規制される前についたと思われるタバコの煙で黄ばんでいたり、開かずの窓には外からシートが貼られていて光が一切入らなかったりして、改装もかなり中途半端。話が違うと文句を言いたくなったけど、その日は疲れていたので、すぐ寝てしまいました。
翌朝話を聞くと、最初にキーを渡された部屋は、窓もあって普通にきれいな部屋とのことで、ウェブに掲載されていたのは、その部屋の写真だったようです。ぼくはその時は、外れくじを引いてしまったような気分になったものの、2泊、3泊と宿泊を重ねる内に居心地が良くなってきました。
趣味は悪いけど、ゆっくり足を伸ばしても余裕があるバスタブには、ジャグジーが付いているし、別に用意されているシャワールームには、スチームサウナの機能まであります。かつての面影が残ってしまうのが分かっていても、撤去することが忍び難かったのが理解できます。スタッフも明るく気持ちがよく、2日目には部屋番号を言わなくても笑顔でキーを差し出してくれました。
受付カウンターをさらに進むと、裏側にも入り口があって、そこを出ると小さな公園とともに路地裏の静かな風景が広がっていました。さらに、表の大通りに面した入り口の近くでは見つけることができなかった焼餅や肉包などの台湾ならではの朝食を食べられるお店もいくつかありました。ぼくらは地元の人しかいない昔ながらの小さなサンドイッチ屋さんで、台湾風のハンバーガーや肉包を豆乳とともに食べる朝食をすっかり気に入ってしまいました。
新聞を読みながらサンドイッチを食べる夫婦、慌ててパンを口にかきこむ学生、公園のベンチにぼんやりと座る老人、犬を連れて歩く女性。路地裏で台湾の人たちの暮らしを垣間見て、さらに、ぼくらが泊まっていたホテルがまだかつての目的を果たしていた頃のこの路地裏の風景を想像したりすると、台湾のことを少しだけ近くに感じたような気がしました。