ヴィンテージ香港
トラベラーズファクトリー京都には、古い体重計が設置されている。体重計にのって、コインを入れると体重が刻印されたチケットが出てくる。これは、1960〜70年代ごろに香港で使われていたもので、その頃の香港では、映画館や劇場など人が集まる場所にこのような体重計がよく設置されていたそうだ。僕自身も昔、インドを旅していたときに、駅前に同じような体重計を見つけて、必要もないのに体重を計ってチケットを手に入れた記憶がある。
それはそれとして、京都の体重計はよく壊れる。コインを入れてもチケットが出てこなかったり、肝心の体重が刻印されていなかったり(その方が嬉しいとの声はあるんだけど)、ちゃんと動かなくなることが多い。調子が悪くなると、体重計を開けて中のベルトを調整したり、潤滑油を注入したりするのだけど、それで調子が戻るときもあるけれど、戻らないときもよくある。
いいかげんお手上げ状態になると、京都のスタッフが、香港いるこの体重計のオーナーにLINEで連絡を取り、ビデオ通話をする。こっちの画面を見せたり、向こうの見たりしながら、調整するポイントを教えてもらいながら、なんとか修理をする。それで、とりあえずは動くようになるんだけど、またしばらくすると調子が悪くなる。
最近は、年1回ほど香港から京都にやってきて、オーナー自らがメンテナンスをする。そうすると、動きは安定するんだけど、でも半年ほどすると、どこかの調子が悪くなる。そんなわけで、京都の体重計は、店内のシンボル的な存在として訪れたみなさんに愛されてはいるのだけど、なかなか手のかかる存在でもある。
先週、香港を訪れたとき、パトリックと一緒にこの体重計のオーナーのもとを訪れた。パトリックによると、オーナーの本業は、結婚記念や家族写真などのための撮影スタジオの運営とのこと。彼の案内で、町の中心から離れた工業エリアにあるビルの一室へと向かった。
工業ビルのかなり年季の入ったエレベーターを降りると、スタジオの入り口には、例のヴィンテージ体重計が2台並んで置いてある。ひとつは、京都の体重計と同じものだ。
「ああ、これは京都と同じだね」と僕が言うと、「そうそう、機械も同じだよ。お店スタッフとビデオ通話するときは、こっちの中を写しながら、ここをこうやって、とか言って説明してるんだ」とオーナー。
さらに中に入ると、郵便ポストに看板、表札、時計、おもちゃなどなど、ヴィンテージの大道具、小道具がたくさん並んでいる。手前の空間には、黒板に机、人体模型などが置かれて、昔の小学校の教室のような一角がある。奥には、香港式喫茶店、茶餐廳のテーブルとシート、カウンターが映画のセットみたいに設置されている。さらに、昔の駄菓子屋、床屋、電気屋もある。
映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』にも、ここのコレクションのいくつかを貸し出しているとのこと。ちょうど、香港に来る直前にこの映画を見ていた僕は、あの映画の世界に紛れ込んだような気分になって、パトリックと一緒に撮影大会となった。撮影スタジオなので、衣装もたくさん用意されている。香港のチンピラが着ていたような服もあって、僕も調子にのって、香港ギャング気分を味わった。
オーナーは、「このスタジオのお客さんは、結婚式の写真を撮る人が多いから、古き良き香港の雰囲気の中で撮影できるようにいろいろ用意してるんだよね」、なんて言っているけど、仕事のためよりも、彼の個人的趣味で集めているのは間違いない。だけど、それゆえに必要以上のこだわりが詰まった空間になっている。僕もパトリックも、小物を見たり、写真を撮ったりして思いがけず長居をしてしまった。
ちなみに、京都の体重計の調子がすぐ悪くなるので、「どうにかならないものか?」と、オーナーに尋ねると、「ヴィンテージとはそういうものだ」といさめられてしまった。香港であれば、月に1度は直接足を運んでメンテナンスしているとのこと。だから、次は、ちゃんとメンテナンスできるようにスタッフに教えるから、と彼は言った。なるほど、車でもカメラでもそうだけど、古いものを使い続けるのは、それはそれで苦労を伴うものなんですね。
スタジオを出ると、今度は近くにあるというヴィンテージショップに行った。ここも体重計のスタジオのように、工業ビルの一室にある。こちらは、さらに手動で開け閉めする2重扉のエレベーターで上がっていく。エレベーターを出て、店の前に着くと、オープンまで10分ほどある。そこで、階段をさらに上がっていき、ビルの中を探索することにした。
香港の古いビルは、朽ち果てた壁にステンシルで描かれた階数を記したサインに、サビがたっぷりついた電線や下水道のためのパイプ管がなんとも美しい。屋上に上がると、雨風を浴びてきたから、さらに崩れた塀の向こうから見える青い空とくすんだ色のビルのコントラストがいい。僕とパトリックは、二人でタバコをふかしながら、今度は『インファナル・アフェア』のアンディ・ラウとトニー・レオンになった気分を味わった。
階段を降りて、入ったヴィンテージショップは、広い店内にぎっしりと古いものが詰まった空間だった。ゴミとしか思えないようなものから、メイド・イン・ホンコンの歴史を感じられる食器や置き物、さらにその中には日本のラジカセや雑誌まであって、玉石混交で入り混ざっているのが楽しい。気をつけながら狭い通路を通って、宝探し気分を味わった。
香港は、ここ数年、変化が激しいゆえに古いものを愛でる機運みたいなものが高まっているような気がするのは、僕の個人的主観ゆえの見方なのだろうか。いずれにしても、香港ではまだ見るべきものはいろいろありそうです。