2025年10月14日

終わらない歌をうたおう

 現在配布中のトラベラーズタイムズの原稿を書いていたときのこと。いつまでたっても完成しないものの例えとして、スペインのバルセロナにある「サグラダ・ファミリアのように……」と書いて、デザイナーの橋本に送った。すると、原稿を読んだ橋本は「サグラダ・ファミリアはもうすぐ完成するみたいですよ」と言ってきた。

 ネットで調べてみたら、「ついに2026年完成のサグラダ・ファミリア」という記事が出てきた。その記事を読むと、「サグラダ・ファミリアのメインタワーが設計者ガウディの没後100年にあたる2026年にメインタワーが完成。これですべての塔が完成し、さらに残ったファザード部分も2034年に完成」とあった。

 最終的な完成まであと9年と聞くと、普通の建築ではずいぶん先に感じられるけれど、着工から150年という歴史を考えると、それほど長い年月でもないように思える。9年後であれば、僕もまだ生きていられる可能性が高い。それはともかく、「いつまでたっても完成しないもの」の例えに使うのは、もうふさわしくない気がした。サグラダ・ファミリアは完成しないことに夢があったのにな、なんて思いながら、しかたなく「サグラダ・ファミリアのように」という言葉を削除した。

 話は変わって、先週告知をアップしたように、まもなくトラベラーズファクトリー中目黒が14周年を迎えます。まずはこれまでトラベラーズファクトリーを支えてくれた皆様に感謝を申し上げます。ほんとうにありがとうございます。

 トラベラーズファクトリーがオープンして2年後の2013年に発行したトラベラーズプレス02(自分たちの怠惰が原因でその後休刊状態)に、トラベラーズファクトリーはサグラダ・ファミリアのようにいつまで経っても完成しない、と書いた。その思いは、あれから12年経った今でも変わらない。

 14年前にオープンしたときには、自分たちなりにそのときできるベストを尽くしたことには自信がある。ただ、やりたいけれどできていないことも山ほどあった。あれから店内のイベントやサービスも増えたし、什器やディスプレイも変わったけれど、やっぱり今でもこうしたいとか、こんなことができるようにしたいということはたくさんある。

 14年の間には、雨漏りが激しくなって屋根を張り替えたり、ドアの建て付けが悪くなったり、エアコンが壊れたりして、何度も修繕を繰り返しているから、完成以前に現状維持もなかなか大変だ。
 それに、この14年間でたくさんのスタッフが、ここで働いてくれて、辞めていった。トラベラーズファクトリーは、常に現場で働くスタッフが顔となるし、スタッフと共に育てていく場所でもある。僕としては、当然スタッフにはできるだけ長く働いてほしい。経験を積み重ねることでプロフェッショナルとして、トラベラーズファクトリーの未来を共に築いていくような存在が増えてほしいと思っているし、実際に各店にはそんなメンバーもいる。

 だけど、同時にトラベラーズファクトリーを去っていったスタッフもたくさんいる。辞めていく理由はさまざまで、たとえば学生だったスタッフが卒業して就職する、ということから、他の仕事にチャレンジしたいとか、結婚がきっかけだったり、体力的にきつくなってなどいろいろある。ワーキングホリデーや留学で海外に行くことになって辞めたり、仕事をしながら取り組んでいた創作やアーティスト活動が忙しくなって、それに専念するために辞める人も少なくない。そんなふうに夢に向かって去っていくスタッフがいるのもトラベラーズファクトリーらしいと思っているし、素直に彼らを応援したい。ただ、一緒にトラベラーズファクトリーを作ってきた仲間が去っていくのは寂しいし、失恋したときのような喪失感を抱くことだってある。

 とにかく14年にわたってトラベラーズファクトリーをやってきて思うのは、完成したなんて思える瞬間は、これから永遠にないだろうし、トラベラーズファクトリーは、常に変化しながら成長していこうともがく生き物みたいなものだということ。

 先週、トラベラーズファクトリーの入り口の横に、シンボルのように置かれていた木のベンチが半年ぶりに戻ってきた。このベンチは、中目黒のオープンのときにヴィンテージマーケットで手に入れたもので、たくさんのお客さんが座ってきた。ヴィンテージだったから、最初から傷もたくさんあったし、14年近く雨風を浴びて、ここ数年は脚が外れたり、グラついたりして、かなりくたびれてきていた。その都度、その場しのぎで当て木をして修理をしていたんだけど、いよいよ今年の春には、座るのが危険なくらいな状態になっていた。

 僕は新しいものを買おうと思っていたら、石井さんが「修理できるよ。流山工場に送って、なべちゃんに直してもらおうよ」と言ってきた。流山工場には、作業台や踏み台を作ることができる工具がひととおり揃っていた。工場の様々な作業を効率的に行うには、紙や完成品を並べるための台は、機械や作るものにあわせて、ちょうど良いサイズでないといけない。当然、そんなものは既製品にはないから、自分たちで作る必要がある。そのため、ある程度経験を積んだ工場の職人は、木工もそつなくこなしてしまう。器用で手際が良いなべちゃんは、箔押しや製本加工の職人であるのと同時に木工の達人でもあった。

 それから半年。なべちゃんは、石井さんと一緒に忙しい仕事の合間を縫って、少しずつベンチを修理してくれていたのがやっと完成したのだ。木の傷や朽ちた部分はパテで埋められ、防水塗料も塗ってバージョンアップまでして中目黒に戻ってきた。さっそく中目黒の店長が送ってくれた写真を見た。やっぱりトラベラーズファクトリーの入り口の横にはあのベンチが似合う。しばらく欠けていたパズルのピースが再びあるべき場所に収まったようで、なんだか嬉しい。

 トラベラーズファクトリーが中目黒の路地裏に生まれて、もうすぐ14年。歩みを進めたり、時には戻ったりしながら、みんなの理想の基地になるべく少しずつ前進しています。いつまでたっても完成しないけど、その分、夢は果てしなく続いていくのです。これからもトラベラーズファクトリーをよろしくお願いします。