2025年4月21日

もうすぐLOVE AND TRIP

 映画『パリ・テキサス』は、テキサスの荒涼とした砂漠を放浪者のような男が歩いているシーンから始まる。男は、なぜか砂埃で薄汚れたスーツ姿で、頭には赤い野球帽をかぶっている。バックに流れるのは、ライ・クーダーのむせび泣くようなスライドギターによる旋律。男は砂漠の真ん中で立ち止まると、岩山にとまるワシに眼を向ける。そして、残っていたわずかな水を飲み干すと、ポリタンクを投げ捨て、何かに取り憑かれたように再び歩き始める。

 高校生の頃、このオープニングシーンを見ただけで、僕の心は、グッとわしづかみにされた。砂漠を歩く男の姿と、ライ・クーダーのスライドギターが、旅の自由と孤独を濃度100%で感じさせてくれた。

 映画は、その後もモーテルに泊まりながらのロードトリップを美しい映像で映し出す。モーテルのネオンサインや夜の薄暗いダイナー。それらの美しい光と影のコントラストが、心に傷を負った主人公の孤独を浮き彫りにしていく。だけど僕は同時に、自由に旅をする放浪者へ憧憬の念を感じた。

 その後、何年か過ぎて、大人になってから再びこの映画を観ると主人公の孤独感や行動の意味がより理解できるようなった。さらに、結婚をしたり、子どもが生まれたり、自分の生活に変化があった後に観ると、妻や子どもと離れて主人公が放浪の旅に出た気持ちが少し分かり、映画の印象はさらに変わる。トラベラーズノートを作っていたときには、訪れたこともないのに懐かしさを感じるアメリカのロードサイドの風景に、ノートの世界のヒントを見つけた。

 先日、何度目かの『パリ・テキサス』を見ると、冒頭のタイトルバックの文字が赤で、男が被る赤い帽子、赤いネオンサイン、泊まるモーテルのシーツにダイナーのシートも赤、夕焼けの赤といった感じで、かなり赤を印象的に画面に入れていることに気づいた。

 そんな中で最も印象的な赤は、主人公の男が、怪しい風俗店みたいなところで、別れた妻に会うところ。マジックミラー越しに見えるのは、赤を基調としたインテリアの部屋に現れる赤いセーターを着て、真っ赤なルージュをつけたナスターシャ・キンスキー。

 実は、先月のブログに赤の例として、このナスターシャ・キンスキーのことを書いたのきっかけに、『パリ・テキサス』をあらためて観てみることにしたのだ。その赤は、びっくりするくらい美しいのに、どこか哀しさを感じさせてくれる。赤は、明るく派手な色だけど、同時にその裏に、孤独や哀しみを帯びている色でもあることが分かった。最近、赤について考えること多かった分、赤の新たな一面を感じることができた。

 2006年3月のこと。『パリ・テキサス』の監督ヴィム・ヴェンダースと、その原作と脚本を担当したサム・シェパードが20年ぶりにタッグを組んで作った映画『アメリカ、家族のいる風景』が公開されると聞いて、銀座にある映画館へ行くことにした。

 実はこの日は、トラベラーズノートが発売されて初めての週末だった。上映時間より少し早めに銀座に着くと、映画館に入る前に近くにある伊東屋を訪れた(今思えば、そっちの方が目的だったのかもしれない)。

 ドキドキしながら店内に入ると、一階から各階の売り場をチェックしながら上の階へとあがっていく。すると、四階のデザイン系ステーショナリーが並ぶなかに、トラベラーズノートを見つけることができた。例の手作りの木の板よりディスプレイも使い、きれいに並んでいる姿を見ると、それだけで胸が高鳴った。
僕は、思わずサンプルを触ったり、商品を整えたり、在庫を数えたりした。誰かが売り場に近づくと、そこからすっと離れて立ち止まり、手に取る姿を祈るような気持ちで眺めた。だけど、実際にトラベラーズノートをレジまで持っていく人は見ることができなかった。

 映画を見終わると、再び伊東屋に立ち寄った。そして、もう一度店頭に置いてある在庫を数えてみた。自分たちがターゲットで、自分たちが好きなことを大事にしようと思い入れをたっぷり込めて作ったトラベラーズノートだったけれど、その分、不安もたっぷりあった。

 他の商品と互換性のないサイズと仕組みに、ノートとしては決して安くはない価格は、充分売れない理由になり得るし、そもそも、自分が感じているこのノートの魅力がちゃんとお客様に伝わるのだろか? 失敗したらまるで自分たち自身を否定されるような気分になるだろうな。

 そんなことを考えながら、棚にあった在庫を数えてみると、映画を観る前より、一つだけ少なくなっていた。誰かが、ここでトラベラーズノートを見つけて、何かに惹かれて、お金を払って買ってくれた。もう、それだけで、報われたような気持ちになった。ちなみに肝心の映画の方は、つまらなかったわけではないけれど、鑑賞中もトラベラーズノートのことが気になってしまい、あまり印象に残っていない。

 今でも、あたらしい商品の発売を迎えるときには、あの頃の気持ちを思い出す。もうすぐトラベラーズノート LOVE AND TRIPが発売になります。たくさんの人に届くといいな。