クリスマスの苦い思い出
もう四半世紀以上前のずっと昔のクリスマス。翌年高校を卒業することは決まっているのに、何をしていいか分からないで悩んでいる彼女にサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」をプレゼントした。
「ライ麦畑」は、その数年前に読んだ僕の大好きな小説のひとつだった。自分の居場所を見つけることができず、毒付いたり、傷ついたりする主人公の姿にとても共感したのを思い出し、かつての自分がそうだったように、読むことでちょっとした救いになればいいなと思った。それに舞台がクリスマス時期のニューヨークということもあって、クリスマスプレゼントにうってつけだと思った。
何か表現をしたいのに、その才能に自信がなくて何をしていくべきか分からない。そして、もうすぐ卒業なのに何も決まらず不安ばかりがつのっていく彼女。一方の僕は大学生になったばかりで、安穏とした日々を過ごしている。
そんな状態だから、その頃はデートをしていても、どんよりした空気が流れ、お互い辛くなっていくことが多かった。僕はそんな空気を変えたいとも思っていた。ライ麦畑は、僕と同じように彼女の心も掴んだようで、「よかったよ」と言ってくれた。だけど、その内容についてあまり多くのことを語らなかった。それでも少ない言葉からも、主人公にすっかり心を奪われいる様子が分かり、僕は嫉妬に似た感情を抱いた。
「いい作品というのはそこに表されている心の動きや人間関係というものが、俺だけにしか分からない、と思わせる作品」と思想家の吉本隆明氏が言っている。ライ麦畑は、まさにそういった作品で、彼女がそれについてあまり話をしないのは、自分だけにしか分からない作品だと思っているようなところがあった。
それは僕がプレゼントしたんだけどなあと思ったりしたけど、つまり、その頃の僕には彼女のその共感を受け止められるだけの懐の深さや優しさがなかったということだったのかもしれない。結局、それからもお互いの気持ちのすれ違いを修正することはできなかった。その後、彼女は卒業と同時に地方の山小屋に働きに行くことを決めて、それにあわせて付き合いも終わってしまった。
そんな苦い思い出があるけど、大人になった今でもライ麦畑は好きな小説。でも、経験上、クリスマスプレゼントにうってつけとは言えないかもしれません。やっぱりクリスマスプレゼントには、これからその人の物語を書いていくことができるノートの方がいいのかもしれません。なんてね。
それでは、皆様、よいクリスマスを。