2017年5月29日

One Day Train Trip

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休日の鈍行電車は、県庁所在地のある駅を過ぎると急に人もまばらになった。少し窮屈だった4人がけのボックスシートをひとりで独占できるようになると、僕はしばらく没頭していた本から顔をあげて、車窓を眺めた。
 
眩しく光る太陽の光が、まだ水が張られている田んぼに反射してキラキラ輝いている。青い空の向こうでは、トンビが上昇気流に乗って舞い上がっていった。梅雨が始まる直前の新緑の季節。窓をあけて、緑の清々しい匂いに包まれた少しひんやりした風を思いっきり吸い込んで、また閉めた。そして再び本に戻り、ページをめくると、すぐにその世界へ入り込んだ。人の少ない各駅停車の電車は、本を読むにはうってつけだ。満員の通勤電車では、本を手にページをめくるのもままならないし、運良く座れても本の世界に入った頃にページを閉じなければならなかったりで、ご多分にもれず僕もついスマホをいじってしまう。
 
何も予定がない休日の午後。本を片手に行き先も決めずに電車に乗ってみた。本を読みながら何時間か走ってやってきたのは、名前すら聞いたことのなかった小さな駅。駅前をしばらく歩いても、やっぱり特別なものはなにもない。
 
お腹が空いたので、駅前の他に誰もお客がいない小さなお蕎麦屋さんでざるそばを食べる。どうしてここにいるのか話しかけられたら面倒なのでお店の人と目を合わせないように食べていると、ふと時効まであと少しの逃亡者のような気分になって、ちょっとワクワクする。そんなことを考えていると、そろそろ帰りの電車がくることに気づいて、少しあわてて駅に戻った。この電車を逃すと、次の電車まで1時間半も待たなくてはならない。
 
帰りものんびり数時間の電車の旅を楽しむ。半日の電車の旅で、少し薄めの小説と、少し厚めの小説を1冊ずつ読み終えた。1960年代の東京で暮らすドラムが得意な高校生の甘酸っぱい生活と、1990年代のロンドンで売れないレコード屋を営む冴えない30代の男の生活を電車のなかで体験した。そして、いつもの駅に着く頃には、すっかり空も暗くなっていた。

特別充実感を得たわけじゃないし、単なる暇つぶしだと言うこともできるかもしれない。スポーツをしたり、何かのセミナーに参加したりするように、健康に良かったり、勉強になったり、新しい出会いが見つかったりするわけじゃない。家族とのレクリエーションやデートの予定があれば、絶対にそっちを優先すべきなのも間違いない。だけど、車窓を眺めて季節の移ろいを感じたり、いつもとは違う緑の匂いを含んだ空気を吸ったり、特別なものはないけど未知の場所に足を踏み入れたり、そんなささやかな楽しみを味わいながら、同時に心地よい電車の揺れのなかでひとりで好きな本を読む日帰り旅も、悪くないとも思った。
 
今度は、もうちょっとだけ事前に調べて、着いた駅で温泉に入ったり、おいしいコーヒーを飲んだりすることを計画に加えてみようと思った。夏になったら青春18切符を使うのもいいかもしれないな。

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