紙マスター
紙について1から教えてもらった紙マスターのような存在の会社の先輩、Sさんが還暦を迎え、先日、そのお祝いをした。
ノート作りは、紙について知ることなしにはなにもはじまらない。だけど、この紙が意外と面倒でやっかいなことを知ったのは、ちょうど今から11年前のトラベラーズノートを作ろうと思った時。それ以前もものづくりの仕事は行っていたけれど本格的に紙製品を作ろうと思ったのは、それがはじめてのことだった。
そんなわけで、紙について会社で最も詳しいSさんに教えてもらうことになった。でも、これがほんとうに難しい。例えば、紙を数える単位にはいろいろあって、1000枚を1連と呼ぶ。紙の単価は、1キロ・70円のように、通常はキロ単位で設定されていて、1000枚のキロ数をもとに計算すると1枚あたりの単価がわかる。でも1枚といっても紙には、四六判や菊判、A倍判などサイズが何種類かあって、その中から作る製品のサイズや数量によって適切な紙を選ばなくてはいけない。
さら、紙には目というものがあって、これが事態をさらに複雑にしている。ノートの場合、折り目にそって紙の目の流れを設定しないと、見た目にはわからないけど、ページがめくりにくかったり、形がゆがんでしまったり、どことなく使い勝手の悪いノートになってしまう。これは逆目と言って、紙製品を長年作り続けている人にとっては許しがたい事態なのだ。面付けといって、ノートのページ数やサイズを計算し、例えば四六判の縦目が1000枚必要だとわかった後に、この紙の四六判は横目しかないことに気づき、最初から面付けをやり直すなんていう事態はよくある。さらに板紙は100枚を1連と呼んだり、特殊紙は単価が1枚あたりだったり、例外もたくさんある。
会社の書棚には、何十・何百枚もの紙が束になって綴じられている見本帳が何十冊もあって、その中から、色や風合い、筆記性などを見ながら最適な選ぶんだけど、紙によってサイズや厚みの種類、さらに印刷適正や加工適正、価格、梱包単位などが様々で、いちいち頭を悩ませる。無事に印刷が終わっても、製本時にはシワや折れ、背割れなどの思いがけないトラブルもよくある。トラベラーズノートのリフィルに使われているMD用紙だって、さまざまな試行錯誤やトラブルをくぐり抜けて、あの品質を保っている。
正直に言えば、僕はSさんの教え子としてはあまり優秀でなかったようで、未だに紙のことをきちんとわかっていない。トラベラーズノート用のダウンロードサービスに「紙情報」を作ったのは、自分で使いたいからで、毎年、ダイアリーの無地のページに貼っている。
ちなみにSさんは、僕とは誕生日が1日違いで、ひとまわり違いの同じ酉年。つまり僕もあとひとまわりで還暦になる。なんだか実感はないけれど、意外とあっという間のような気もする。あいかわらず元気で紙マスターとしてみんなに頼りにされているSさんを見ていると、それもひとつの区切りでしかないのかなと思ったりもする。あと12年でなにができて、どこへ旅をするのか、とにかく楽しい旅になるといいな。