ラジカセとカセットテープの親密な温かさを伴った音楽の記憶
学生の頃、長い旅に出る時は、いつもラジカセを持っていった。ラジカセといっても安いモノラルの小さなもので、音質も音量も普段使うには物足りなかったけど、安宿で小さな音で流すにはちょうど良かった。荷物は少なくしたいから、カセットテープは120分や90分の長めのテープに録音したものを4、5本だけ持って行く。出発前はいつもどれをバックパックに入れるのかけっこう悩んだ。
友人と3人で行った初の海外旅行のインドでのこと。朝日が昇るガンジス川を見ようと、河岸に座ると、「ここでこの曲を聴きたかったんだ」と言いながら友人の一人が持ってきたカセットテープを、ラジカセにセットしスタートボタンを押した。それはエレファントカシマシの「優しい川」という曲で、少しずつ明るくなる朝の凜としたガンジス川を眺めながら、唸るような歌声のその曲を聴いていると、僕も友人も目頭が熱くなってきた。「やっぱりいいなあ」と、曲についてなのか目の前の風景についてなのか分からないあいまいな感想を、お互い少し照れながら言い合った。
ちなみにエレカシのカセットを持ってきた友人は、卒業後に食品会社に就職をしたんだけど、その後、健康食品会社や携帯電話販売会社などいくつか職を変えていくうちに連絡も途絶え年賀状のやり取りをするだけになってしまった。健康食品会社で働いていた頃、牡蠣だかスッポンだかのエキスが入った錠剤をたくさん持ってきて、「こんなの本当に効くかどうか分かんないけどね」なんてグチっぽいことを言いながらサンプルをくれたりしたけど、けっこう大きくなった娘2人の写真が印刷された年賀状を見ると、それなりに幸せにやっているのかなと思う。
もうひとり一緒にインドに行った森高千里のファンだった友人は、当時花形だった広告代理店に就職し、念願だったTVコマーシャルや企業広告キャンペーンのディレクターをしている。だけどやっぱり疎遠になってしまった。
はじめての海外への一人旅は、タイだった。空港に着き、バンコクの安宿街カオサンに行くと露店にカセットテープがたくさん売っていて、思わず嬉しくなったのを覚えている。そこでリリースされたばかりのアズティックカメラの「stray」とギャラクシー500 の「This is our music」のカセットテープを手に入れて、旅の間中ずっと聴いていた。どちらもタイの穏やかな空気にとても似合っていて例えば夕暮れのサムイ島でひとり孤独に浸りながら聴くのにぴったりの音楽だった。
ちなみに当時ネオ・アコースティックの貴公子と呼ばれていたアズティックカメラの中心メンバー、ロディ・フレイムは、今も活動を続けている。3年前にリリースしたアルバムの写真は、過ぎた年月の分しっかり歳をとっていて美少年だった当時の面影も薄れてしまっているけど、気負いのなく地道に彼らしい音楽を続けている。
ギャラクシー500は、その後すぐ解散してしまい見に行く予定だった来日公演もキャンセルになってしまった(僕はめったにライブに行かないのに、キャンセルになる率が高い)。解散理由が、スリーピースバンドのベースの女性とドラムの男がくっついてしまい、ボーカル&ギターのディーンが「多数決をすると、必ず僕の意見は通らないから」と言っていたのを雑誌で読んで、まるで学生バンドみたいだと思ったけど、それも彼ららしかった。
その後、ディーンは、Lunaというバンドを結成。はじめてアアルトコーヒーに行った時に、このLunaの曲が流れてきて、庄野さんのセンスに共感したのを覚えている。またベースの女性とドラムの男は、それぞれの名前を冠したデーモン&ナオミとして活動中。どちらのバンドもヒットはないけど、地道に良質な音楽を作り続けている。
ちょっと話が横道にそれたのでラジカセの話に戻るけど、ラジカセには当然ラジオもついているから、旅先ではラジオも聴いた。僕はラジオで育った世代だし、RCサクセションの「トランジスタラジオ」もお気に入りの曲だからそれぞれの国で、どんな音楽がかかっているのかとても興味深かった。
働くようになってからも、ツーリング中のキャンプサイトや、出張で行った地方のビジネスホテルでもその小さなラジカセは活躍した。その後、iPodが発売された時は、音楽好きとしてはワクワクしたし、これから旅先にどのカセットテープを持っていくか悩まずにすむのは嬉しかった。
今、長期の出張にいつも持って行くMacBookには82日間ぶっ通しで聞けるだけの音楽が入っている。さらに、毎日持ち歩くiPhoneにだって、カセットテープにすれば100本分くらいの音楽が入っている。ネットではどこにいても世界中のラジオが聴けるし、それはそれで便利で楽しく素晴らしいことであるのは間違いない。
今ではカセットテープもラジカセもどこかに行ってしまって、使うこともない。だけど、ラジカセやカセットテープがもたらしてくれた親密な温かさを伴った音楽の記憶は、僕の中にしっかりと残っている。そんなアナログの良さを何らかの形で次の世代へ伝えていくことも、また僕らの世代の大事な役割なのかもしれないと思ったりもする。ノートだって、うっかりするとなくなってしまいかねないしね。
話は変わりますが、今週2月27日、トラベラーズノートとスパイラルリングノートのあたらしいラインアップを公式サイトで発表します。発売は3月下旬になりますが、まずは楽しみにしてお待ちいただければ幸いです。