I Wanna Be Adored
「最近、よく来てくれる小学生の男の子がいるんですよ」
そんな話をトラベラーズファクトリー中目黒のスタッフから聞いた時、最初はそのことをよく理解できなかった。文房具は扱っているけど、小学校で使うようなものは、ほとんどないと思っていたし、小学生がトラベラーズノートやブラスペンを使う姿もイメージできなかった。正直に言えば、最初聞いた時には騒いだりして他のお客さんの迷惑になったりしたら嫌だな、なんて思った。
だけど、スタッフに聞いてみると、そんなことは全くなく、純粋にトラベラーズファクトリーの商品や空間に興味があって来てくれて、さらにお小遣いで買い物もしてくれる時もあるとのこと。そのうち、彼の友人も来るようになり、トラベラーズファクトリーが近くの小学校の一部の生徒の間で話題になっていると伝えてくれた。そんな報告を聞いているうちに、僕は純粋にその少年たちに興味を持ち、会いたいと思うようになった。
それから数ヶ月して、イベントがあってトラベラーズファクトリーにいる時、ついに彼らに会うことができた。一人は、トラベラーズノートのパスポートサイズとブラスペンシルを手に持っていたので、「使ってくれているんだね。ありがとう」と話しかけてみた。すると、「はい、こんにちは」と丁寧に挨拶をしてトラベラーズノートを見せてくれた。「まだ使い始めたばかりで、あまり書いていません」と彼は言うと、僕のトラベラーズノートを見ながら「これは、どれくらい使っているんですか」と質問をしてきた。
「これは12年使っているんだ。君のだって、これから大人になるまで使い続ければ、もっともっと味が出てくるよ」と答えながら、まだ12歳の彼が大人になるまで使い続けているトラベラーズノートを想像し、逆に羨ましい気持ちになった。
例えば10年後、22歳になった彼がバックパッカーとして海外を旅していて、手元には年齢には釣り合わないくらいすっかり味が出たトラベラーズノートとブラスペンシルがある。それを見た誰かがこんなことを言う。「ずいぶん味のあるノートとペンだね」すると彼はこう答える。
「子供の頃、トラベラーズファクトリーというお店が近所にあってそこで買ったんです」
「小学生の頃から使い続けているなんて素敵だね」
「まだ小学生だったから思い切った買い物だったけどそれからもそこに通ってお店の人と話をするうちに、紙に書いたり、旅をすることにどんどん興味を持ってこのノートに日々のことや旅のことを綴るようになったんです。それで今は、旅をしながら小説を書いています」
そして、誇らしげにノートを開くと、慣れた手つきで鉛筆を走らせて物語を綴っていく……。思わずそんなシーンが頭に浮かんだ。
「早くこんな風に味がでるといいな」と彼が友達と店内で話している姿を見ていると、小学生が買い物に来ると聞いた時に感じたちょっとした違和感はすっかりなくなった。
そういえば、僕だって小学生の頃に乗ることもできないのに友達と近所のバイク屋さんに通い、新しくリリースしたばかりのバイクのカタログを嬉々として集めていた。バイク屋のお兄さんは「ひとり1部ずつだよ」と言いながらも、本物のお客になるにはあと何年も必要な僕らに嫌がらずにカタログをくれた。手を油で真っ黒にしてバイクを修理している店員、「調子はどう?」と彼に親しげに話しかけながら、ヘルメットを片手に入ってくる客、オイルの匂い、そこは少年時代の僕らにとって憧れの世界だった。家に帰ると、ボロボロになるまでカタログを見返し颯爽とバイクにまたがる自分を夢見ていた。
小学生の頃にはじめて自分のお小遣いでレコードを買った時だってそうだった。当時のレコードの値段は2800円で、小学生にとってかなりの大金だったから、けっこう思い切らないと買えないものだった。だけど、たくさんのレコードが並ぶ店内で何度も通った後に初めてレコードを買った時は、大人になったみたいで誇らしい気分でいっぱいだった。
今でもその時の気分は、はっきり覚えているし、大人の世界への憧れこそが、あたらしい世界へと導き自分の価値観やセンスのベースを作ってくれた。今だって、いろいろな人に憧れるし、憧れが何かはじめるきっかけを与えてくれたり、後押しをしてくれることがたくさんある。ちょうど今、中目黒でイベントを開催しているko'da styleのこうださんやair room productsのかもさんだってそんなそんな存在だ。だからこそ、トラベラーズファクトリーが、これから思春期を迎えようとしている少年にちょっとした憧れを与えているとすれば、こんなに嬉しいことはない。
ストーン・ローゼズの歌みたいに憧れられたいなんて思うほど自信家ではないけどこんな世の中だからこそ、若い世代が憧れるようなモノや場所、生き方を提示していくことは、僕ら大切な大人の責任だということに、あらためて気付かされた。もういい歳だしね。