誰もいない場所で出会った
「やっぱりコーヒーには煙草がないと寂しいじゃないですか」
カフェイベントのために、アアルトコーヒーの庄野さんとトラベラーズファクトリーに来てくれた三軒茶屋のカフェ、ニコラの曽根さんは、店の裏で煙草を吹かしながら言った。「そうそう。コーヒ&シガレットですよね」僕も一緒に煙草を吸いながらそう答えた。
最近すっかり肩身の狭くなった喫煙者同士で隠れるように煙草を吸っていると、放課後の校舎の影で煙草を吸う高校生のような気分になって、それだけで親近感が湧いてくる。曽根さんは、僕と同じようにお酒が苦手で、そんな二人にとっては、コーヒーと煙草は大人の嗜みとしてとても大切なものなのだ。
かつてコーヒーと煙草を覚えることで大人になった気分を味わうことができたし、それからずっと喫茶店で煙草を吸いながらコーヒーを飲んで一人本を読んだり、考え事をしたりするのは、心に安らぎを与えてくれる大切な時間だった。今でも僕らにとって、コーヒーと煙草は切っても切り離せないような存在なのだけど、今ではそれを同時に味わえる場所はとても少なくなっている。
そんなこともあって曽根さんのカフェは、吸わない人を気遣いならが、ゆるやかに分煙をしながらも、あえて喫煙可能にしている。もうすぐ都の条例が変わるため、店内を喫煙可能にするには厳しい条件と面倒な手続きが必要なんだけど、曽根さんはそれでも喫煙可能にこだわって、これからも続けていくそうだ。
「だって、煙草が吸えるカフェというだけで今では貴重な存在でしょ」曽根さんはそう言った。また、ニコラでは現金しか使えない。
「今はどんどん便利になっていくけど、あえてカードもスマホ決済もやらないでも、ちゃんと生き残れることを証明したいんです」そんなことを語る曽根さんは、庄野さんの本のタイトルにあるように、「誰もいない場所を探している」人だった。
トラベラーズファクトリーのイベントでは、曽根さんは本格的なパスタを作ってくれて、さらに奥様はタルトやバターサンドなどを用意してくれた。そして、アアルトコーヒーの庄野さんは、いつものトラベラーズブレンドに加え、バレンタインブレンドを淹れてくれた。バレンタインブレンドという、とてもベタな名前のブレンドをバレンタイン明けの翌週のイベントのためにわざわざ焙煎して、「世界最速のバレンタインブレンド」とうそぶいて持ってくる庄野さんもまた誰もいない場所を探す、生粋のひねくれ者だ。そんなひねくれ者たちの作る料理とコーヒーはすこぶる美味しかった。
イベントが終わると、トラベラーズファクトリーの2階で打ち上げ。贅沢にもニコラの料理を肴にお酒を飲んだ。
世の中の流れに抗うひねくれ者は、見方を変えれば、自分たちの考えに忠実で一貫性があるとも言えるし、一方で単にみんなが右へ曲がろうとするとついつい左に行きたくなってしまう天邪鬼とも言える。ひねくれ者気質がある僕らも、彼らと同じように誰もいない場所を探しているつもりだし、やっぱりそういう人たちが好きなんだなあ。誰もいない場所を探している中で出会った、心を通じ合える仲間たちとの打ち上げで楽しい時間を過ごしながら、そんなことを思った。