涙の陸上部
中学生の時、僕は陸上部員だった。当時は(今もそうかもしれないけど)、中学生になったら、運動部に入って何かスポーツをやるということに無言の圧力みたいなものがあった。中学校への入学が近づくと、親はもちろん、親戚に近所のおじさん、おばさんもみんな「何部に入るの?」とか「スポーツは何をやるんだ」と聞いてきた。スポーツが得意でも好きでもなかった僕は「まだわかんないよ」とめんどくさそうに受け流していたけど、なんとなく何かやらないといけないのだろうなと考えていた。
結局、球技や団体競技は苦手だったし、小学生の時は足が速かったことがちょっとした自慢だったので、陸上部に入ることにした。そんなわけで僕は、中学生になると部活動のため毎日近くの錦糸公園まで走っていき、公園に着くとその周りをぐるぐると何周も走っていた。
陸上部に入って1ヶ月ほど経つと、みんなで100メートル走のタイムを測った。タイムは、才能がある少数の優秀な部員と、それ以外の平凡な人たちとの差を明確に分けた。先生の興味は優秀な部員のタイムをいかに縮めるかということに割かれていき、それに呼応するようにその他の平凡な部員たちは、やる気をなくしだらだらと練習するようになった。
小学生の時は、足の速さでクラスで1、2位を争っていた僕も、腕ならぬ足に覚えがある中学生が集まった陸上部の中ではぱっとしないタイムしか出すことしかできず、平凡系グループに入った。スポーツは概してそうかもしれないけど特に陸上競技の短距離走は、持って生まれた才能がものをいう世界で、中学に入るのと同時にそれをまざまざと見せつけられることになった。
陸上部の練習はほぼ走ることだけなので面白いわけではない。数ヶ月経つと、平凡系グループはだんだんと部活をやめていき部員の数も減っていった。だけど昔から一度やると決めたことは、生真面目に続けていくという性分がある僕は、走ることが好きだったわけでもないし、足が早くなるという手応えもほとんどないのに、それほどやる気もないまま毎日練習に通った。
レギュラーメンバーしか試合に参加できない団体競技と違って、部人数も多くなかったうちの陸上部は、僕らのような2軍級の部員も公式試合にエントリーできた。入賞を狙える100メートル、200メートル走に1500メートルなどは優秀な部員がエントリーし、僕らは彼らが参加しない400メートルとか800メートル走などマイナー競技に参加した。当然たいした結果を残すことはできなかったけど、公式試合に参加して女子たちから声援を浴びるのは、やっぱり嬉しかった。陸上部を続けていて良かったことはそれくらいで、自分には才能がないし、努力は実を結ばないということを残酷なまでに思い知らされただけだった。僕は走ることがますます嫌いになった。
その後、ロックに興味を持つようになり、ギターをはじめるようになった。音楽も才能がものをいう世界で、音感やリズム感などは持って生まれた才能によるところが大きいような気がする。僕が何度練習しても弾くことができないフレーズを同じ時期にギターをはじめた友人が難なく弾くのを見て、またしても自分に才能がないのを実感した。
だけどロックが素晴らしいのは、楽器をうまく弾くことがすべてではないということだった。流暢なソロが弾けなくても、単純なコードストロークだけで感動を与えてくれるミュージシャンはたくさんいたし、楽器の才能だけでなく、メロディーや歌詞、ステージワークなどさまざまな要素が組み合わされて生まれるものだった。僕はいつまでたってもギターは上手くならなかったけれど、曲を作ることを覚えて、その曲に友人が素敵なギターソロをつけてくれた。僕はロックを通じて、チームプレーの楽しさを知ることができた。そして、音楽がますます好きになっていった。
前に有名な水泳選手が「努力は必ず報われる」と言っていた。厳しい状況のなかでまさに努力で勝ち得た勝利には心から敬意を感じるけど、やっぱりこれは才能がある人だから言えることだと思う。才能がない僕らには、日本全国の人たちに感動を届けることはできないかもしれない。だけど、ささやかもしれないけど自分の中にある得意なことをなんとか見つけ出して、それを仲間とともに持ち寄って、アイデアや運に頼りながらやっていくことで、一部の人かもしれないけど誰かに喜んでもらったり、ちょっとした幸せを感じてもらったり、生活に前向きな変化をもたらすことができたら、それでもう十分幸せだなと思う。
緊急事態宣言の延長が決まってしまいましたが、トラベラーズファクトリーの公式サイトでは新しいお知らせをアップしています。溢れる才能が堪能できそうな寺田克也さんの展示に、技術とアイデアの結晶のTO&FRO受注会、僕らも楽しみにしています。
ご来店できる方はぜひ来ていただきたいし、来られない方も今後アップするオンラインショップでの特集ページを覗いていただけたら嬉しいです。