トラベラーズファクトリーは友人
ずっと昔に1回しか見ていない映画であらすじもほとんど覚えていないのに、ふとその中のあるシーンを思い出すことがある。昔の友人から久しぶりにメールが届いて、イギリスのパンクバンド、ザ・クラッシュの活動を描いたドキュメンタリー映画「ルードボーイ」のワンシーンを思い出した。
バンドの練習に遅刻したり、文句ばかり言っていて、バンド内のやっかいもののような存在になっていたギターのミック・ジョーンズが誰もいないスタジオで「ステイ・フリー」という曲の歌入れをしている。こんな歌詞の歌だ。
「お前と出会ったのは学校だった
誰も俺達のことを相手にしてくれなかった
でも俺達はバカだったわけじゃない
先生は俺達をアホだと言うけれど
俺達は2人で楽しくやっていた
俺達は他のやつらなんて相手にしなかった
俺達は学校を追い出されたけど気にしなかった
週末は一緒にバスに乗って踊りに行ったよな
お前はいつも俺を笑わせてくれたけど、
面倒な喧嘩にも巻き込んでくれた
メンソールのタバコを吸いながら、
一晩中ビリヤードをやったこともあったよな
俺が部屋でギターの練習をしていたとき、
お前はパブで盗みの計画を立てていた
スプレーを盗んで、殴っちゃいけないやつを殴って
お前は3年間刑務所に入ることになった
がんばってお前に手紙は書いたよ
刑務所の中はどうだい? 厳しく絞られてないかい?
出所したら街に繰り出そうよ
お互い燃え殻になるまで盛り上がろうよ
あれから随分年月が流れ、いろいろ変わった
俺は今、やりたいことをやっている
でもあの頃のことを忘れないし、
お前が家に戻ったという話を聞いて、
思わず嬉しくなったときのことも忘れないよ
お前が今どこに住んでいるのか知っているし、
もし今夜、あのパブにいるのなら
俺のおごりで一杯やろうよ
深刻にならないで気楽にな、
自由でいろよ / Stay Free」
歌入れの途中に、やはりやっかいもの扱いされているローディーがスタジオに入ってくる。ミックが歌い終わると、ローディーは思いがけず心を動かされたのを隠すように乱暴に言い放つ。「あんたらしくないな、こんな良い歌を書くなんて」ミックはお前に何が分かるんだというように神妙な表情でローディーを見つめる。
「ステイ・フリー」は、友情についての歌だ。一緒に思春期のある時期を過ごした友人が、大人になるにつれて別の道を歩くようになる。思春期の頃の濃密な友情に郷愁を抱きながらも、お互いに距離感を保ちながら親愛の気持ちを抱く大人の友情に変わっていく。友人は恋人と違い、心の奥に立ち入りたいとか、相手を独占したいとか、そういった欲求はないから、付き合い方の変化も受け入れながら成立する。
トラベラーズファクトリーを続けて10年が経ち思うのは、ここがお客さんにとっての友人みたいな存在でありたいということ。
友人とは共感や興味、お互いに必要な何かがあることで、人生の中で同じ時間を共有したり、かつてそうした時間を過ごしたことがある存在だ。しばらく離れた期間があっても、会って話をすればいつでも昔の気持ちを思い出すことができる。だけど昔話ばかりではまた疎遠になっていくし、今を共感できればまた同じ時間を共有し続いていく。
トラベラーズファクトリーの10年の間には、ずっと変わらず来てくれるお客様もいるし、新しいお客様もいる。その一方で疎遠になっていくお客様も当然いるし、なんらかの事情で足を運べなくなったお客様もいるかもしれない。だけど、何かのときにふと思い出して、久しぶりに行ってみようかなという方にも、扉を開けて温かく迎えられる場所でありたい。
例えば近所の方がコーヒー豆を買い足すために頻繁にこの場所に来ていただくのも嬉しいし、遠方の方が旅先にある友人の家に久しぶりに訪ねるように、足を運んでいただくのも嬉しい。そして、友人のように一度同じ時間を共有し、記憶のどこかにこの場所の存在が刻まれていたら、その時を懐かしめるような存在でありたい。久しぶりに足を運んで、今も共感できる何かを見つけてもらえたら、友人を訪ねるようにまた遊びに来てもらいたい。
先週、トラベラーズファクトリー10周年記念展の陳列を中目黒の2階で行った。かつてのコラボレーション商品を並んでいるのを改めて眺めると、その作り手たちとの出会いから、共感を深めながらどんなものを作ろうかと話したときのことが蘇ってきた。一度だけのコラボレーションで終わった人たちもいるし、何度もを繰り返している人たちもいる。それぞれのプロダクト眺めながら懐かしく思ったり、久しぶりにまた声をかけてみようと思ったり、今まさに新しい企画が進行していたり、いろいろだけど、みんな僕らにとって友人のような存在だ。これらの友人たちが、お店に新しい友人を導いてくれて10年続けることができた。
コラボレーションは、ある人は興味を持ってくれるかもしれないけど、ある人にとってはそれほど魅力に思わないかもしれない。だけど、そんな緩やかで程よい距離感を保つことができるのも友人ならではの付き合いかもしれない。
しばらくできていないけど、またお気に入りの音楽が流れている心地いい空間でのんびりコーヒーを飲んだりしながら、足を運んでくれた人たちと本やノートなど好きなことの話をしてみたいな。ちなみに、トラベラーズファクトリーが友人ならトラベラーズノートは恋人みたいな存在なのかもしれないですね。
The Clash / Stay Free