2022年2月14日

愛について語るときに我々の語ること

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もう30年以上前のこと。
 
その日は、彼女と呼べる人ができて迎えた初めてのバレンタインデーだった。それまでのバレンタインデーは、どちらかと言えば憂鬱な日であることの方が多かっただけに、好きな人と一緒に過ごすことができるなんて、想像しただけでも夢のようだった。
 
その日、そわそわした気分で彼女の家に行くと、「ちょっと待っててね」と僕を部屋に通して、彼女は台所で準備。しばらくすると、グラスに盛り付けられたチョコレートパフェを2つ持って部屋に入ってきた。一口サイズにカットしたブラウニーをグラスの底にいくつか入れて、その上にレディーボーデンのアイスクリームをのせて、さらに砕いたチョコレートをトッピングした手作りのパフェは、ひと目見た時、正直に言えばちょっと不恰好だなと思った。そんな心の動きを見透かしたように彼女は「上手くできなかった、ごめんね〜」と笑いながら言った。「そんなことないよ」と僕も笑顔で言うと、「やっぱり変だと思ってるでしょ」と彼女は笑った。だけど、そのときに二人で食べたパフェは、タカノフルーツパーラーの高級フルーツがのった高級パフェよりもずっとおいしかったはずだった(食べたことないけど)。
 
この時点では、まさに100パーセントのバレンタインデーだった。だけど、パフェを食べ終わり、彼女が『ベルリン天使の詩』を観て以来はまっているという、ニック・ケイヴのレコードを聴いていると雰囲気が変わってきた。
 
高校3年生でもうすぐ卒業を迎えるというのにいまだに進路が決まっていなかった彼女は、情緒不安定が日常化していた。何かを表現したいのに、するべき何かを見つけることができずに、不安だけがつのっていく彼女。一方の僕は大学生になったばかりで、安穏と日々を過ごし、頭の中はもうすぐ出発するインドへの旅のことでいっぱいだったりする。時間が過ぎるほどにお互いの話は噛み合わず、どんよりとした空気が流れた。ガラスをバリバリ割っていくようなギターの音色をバックに、唸るように歌うニック・ケイヴの陰鬱な歌声を聴きながら、こんなときにこんな音楽を流さなくてもいいのにな、と思った。
 
夜になると、彼女のお母さんが帰ってくるのを知っていた僕は、そんな状態なのに帰ってくる前に、なんとかコトをしたいと、彼女の気分を盛り上げるべく無理して明るく振る舞った。だけど、そんな浅はかな想いは、彼女にあっさり見透かされ、それが逆にその場の雰囲気をさらに険悪にしていった。結局、この日はお互いに気まずい気分のままで別れ、僕はとぼとぼ歩いて家に帰った。
 
その後、何週間かしてインドの旅から帰ると、お土産を持って彼女に会いに行った。ガンジス川のほとりの聖地、ベナレスで買ったシヴァやガネーシャなどのヒンドゥー教の神様が紙粘土で作られた人形がお土産だった。素朴なタッチで塗りつけられたカラフルな色彩の神様たちは、味のある表情がどこかコミカルで彼女は気に入るだろうと思っていた。だけど、神様を家に飾るのを極度に怖がる彼女は、申し訳なさそうな顔をして、受け取るのを拒んだ。それから、僕がインドに行っている間に、春から地方の山小屋で働くことを決めたと伝えた。
 
「そうなんだ」と呟きながら、結局、彼女にとって自分が何の役にも立てない無力な存在でしかないことを痛感した。それから、彼女が山小屋へ旅立つのとあわせて、付き合いも終わった。
 
今ではトラベラーズファクトリーがあるおかげで「LOVE AND TRIP」と黒板に描いたり、ラブソングのプレイリストを作ったり、ラブロマンス映画を紹介したり、バレンタインを盛り上げるようなことをしていたりする。自分がそんなことをするなんて、昔だったら想像もできなかったけれど、今では知らない誰かの愛が報われるのを素直に願い喜べるようになったのだとすると、歳をとるのも悪くないと思う。
 
「愛について語るときに我々の語ること」は、アメリカの作家レイモンド・カーヴァーの短編小説。
 
タイトルの通り、四人の男女がまさに「愛」について話す姿を描いている。屈折した愛の表現、失われてしまう愛、理想的な愛などの、愛について語り合うこの小説を読みながら、バレンタインデーということで、恥も外聞もなく個人的な「愛」について書いてみようと思った。タンスの引き出しの奥から昔のメモの切れ端を掘り返すように、忘れかけていた古い記憶を呼び起こしてみた(なにせ古い記憶なので辻褄を合わせるために多少フィクションを交えています)。書いておきながら、やっぱり恥ずかしいし、こんなものを公開するのはどうかとも思ったけど今さら違うことを書くのも大変なのでそのままでアップすることにする。
 
最後に「愛について語るときに我々の語ること」からの引用を掲載したいと思います。
 
「僕とテリは一緒になってから5年、結婚してから4年になる。そしてこう思うと愕然としちゃうんだ。それは愕然とすると同時に良いことでもあるし、また救いでもあると言って差し支えないんだけど、つまりさ、もし僕らのどちらかに何か起こったら--不吉な話で申し訳ないんだが--もし僕らのどちらかの身に明日まずいことが起こったら、残された方はしばらくは相手の死を悲しむだろう、そりゃね、でもそのうちにまた外に出て、別の誰かを愛し、その相手と一緒になるだろう。今あるものの、僕らがいま語りあっているこんな愛もすべて、ただの思い出になってしまうだろう」
 
みなさま、素敵なバレンタインデーをお過ごしください。
 
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