2022年2月 7日

TRAVELER'S RECORDS

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1960年代のイギリスでは民放ラジオ局はまだ存在せず、唯一のラジオ局だった公共放送局のBBCは、ロック・ミュージックの放送を1日わずか45分に制限していた。そんな状況の中、イギリス沖合の公海上に船を出し、無許可で一日中ロックを流す海賊放送局があった。
 
映画『パイレーツ・ロック』は、海賊放送局を舞台に、規制をかけようとする政府に対抗しながら、自由な空気が流れる船の上からロックを流し続ける姿を感動的に描いている。実際にイギリスで海賊放送局が存在したのは、1963年から67年という短い期間でしかなかった。だけど、ちょうどこの時期は、ロック・ミュージックが急速に進化をしていき、黄金期を迎えようとする頃とリンクしている。ロックが多くのイギリスの若者たちの心を捉え、市民権を獲得していった背景には、海賊放送局が存在したことも大きかったようだ。
 
映画『グッド・ヴァイブレーションズ』は、1970年代に北アイルランドのベルファストで開業した実在のレコード店が舞台。当時の北アイルランドは、アイルランド系独立派とイギリス連合維持派が対立し、日常的にテロが頻発。首府ベルファストはすっかり荒れ果てていた。そんな場所で、レコード店をオープンさせたテリー・フーリーは、地元のパンクバンドに感動し惚れ込んだのをきっかけにレベールを立ち上げ、レコードをリリースする。その後、全英にヒットを飛ばし、「ベルファストパンクのゴッドファーザー」と呼ばれるまでを映画は描いている。
  
メジャーレーベルに持ち込んで門前払いになると、手作りのような形でレコードをリリースしたり、分断する人達を繋げ、一緒に踊れる場を提供したいと無料でライブ会場を開放したりするテリーの姿は、損得勘定抜きの純粋な音楽愛を感じさせてくれる。
  
映画『24アワー・パーティー・ピープル』は、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダー、ハッピー・マンデーズなどのバンドを世に送り出した伝説的なインディーズレコードレーベル、ファクトリー・レコードを描いている。彼らは、レコードのリリースのみならず1980年代後半から90年代初頭にかけての音楽的ムーブメント、マッドチェスターの震源地となったクラブ、ハシエンダを手がけたことでも知られている。
 
映画の冒頭、1976年のマンチェスターで僅か42名の観客を前に行われたセックスピストルズのライブに感動したことをきっかけに、ファクトリー・レコードを立ち上げる。その後、数々の伝説を作りながらも、ミュージシャンの要求を受け入れ過ぎたり、ハシエンダは料金設定が低く赤字経営が続いたりで、1992年に倒産してしまう。登場するのはみんないいかげんでめちゃくちゃな人ばかりだけど、大変な状況の中でも全力で良い音楽を作り、人に届けたいという想いが胸を打つ。
 
音楽愛に満ち、情熱とともに人々に音楽を届ける姿を描いた映画のことを思い返してみると、もしもトラベラーズレコードがあったら、なんてことを妄想せずにいられない。
 
音楽は日々の暮らしに潤いを与え、その場にいる人たちの心をひとつにしてくれる。孤独に襲われたときには親密な友人のように寄り添い、救ってくれる存在でもある。トラベラーズレコードは、そんな音楽の素晴らしさをキャラバン隊のように旅をしながら伝える、インディーズレコードレーベルだ。東京の中目黒を拠点に、ロンドン、パリ、ベルリン、アムステルダム、マドリードに、ニューヨーク、ロサンゼルス、さらに、香港、上海、台北、チェンマイ、ソウルなどの都市を巡りながら活動している。
 
彼らの基地となる中目黒の路地裏にある古くて小さな建物は、1階がレコードショップ、2階はスタジオになっている。スタジオはラジオ局にもなっていて、トラベラーズラジオとして日々良質な音楽を発信している。
 
ミュージシャンの魂と聴き手の思い入れは、アナログによるフィジカルな物体に宿ると信じているから、デジタル配信は受け付けず、レコードとカセットテープのみのフォーマットでしかリリースしていない。アルバムジャケットも、アナログならではの仕様のものが多く、活版印刷や箔押しされていたり、封入されているシールやスタンプで自分でデザインをカスマイズできたり、限定盤は革や真鍮製のジャケットなんてものもある。ジャケットを触ったときの手触りや重みに加え、質感の経年変化も、音楽に向かい合うときの重要な要素だと考えている。そのサウンドもアナログならではの特性を大切にしている。
 
アナログ特有の温かみのあるサウンドが魅力であることはもちろん、何度も聴くことで、レコードの音にスクラッチノイズが生まれたり、カセットテープの音質が劣化したりしながら、唯一無二のオリジナルなサウンドにカスタマイズしていくこともまたトラベラーズレコードの大きな魅力になっている。人によっては味のある音に変化させるために、わざとレコードの盤面に傷を付けたり、オイルを塗ったり、シールを貼ったりすることもあるらしい。カセットテープのテープをハサミとセロテープで切り貼りしながら作ったオリジナルリミックスなんてものもある。
 
トラベラーズレコードにとって音楽は、ミュージシャンが一方的に与えるものではなくリスナーとのコラボレーションによってクリエーションされていくものだと考えている。
 
トラベラーズレコードは、映画『グッド・ヴァイブレーションズ』でテリーが言うように、単なるレコード店ではなく、レーベルでもなくて、生き方そのものなのだ。言葉にするのはちょっと恥ずかしいけど、トラベラーズノートもそんな思いで作っている。
 
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