2023年10月23日

The 12th Anniversary of TRAVELER'S FACTORY

 フィンランドから帰ってきて二週間。最初の週は流山工場でのイベントがあったし、先週も金谷ホテルとのコラボアイテムの発売にトラベラーズファクトリー12周年の企画がスタートし、それに加え、休み中に溜まっていた雑務もあって、時差ぼけを感じる間もなく、忙しい日々が過ぎていった。

 先週の金曜日は、朝からトラベラーズファクトリーに行った。朝一でリモートでの打ち合わせがあったし、午後からここで人と会う予定があったので、この日の午前中はファクトリーの2階で仕事をすることにしたのだ。

 朝、扉の鍵を開けて2階に上がると、窓から明るい光が差し込んでくる。ついこの間までは、最初に2階に上がるとビニールハウスの中のような熱気を感じて、すぐにエアコンを付けていたのに、今はエアコンなしでちょうど良い。僕は窓を開けて空気を入れ替えると、背中を伸ばしながら深呼吸をした。すると最近の忙しさで疲れていた心がすっと癒されたような気がした。

 トラックのソファに腰を下ろすと、黒板には12周年企画にあわせて火曜日の夜に描いたトラベラーズタウンのロゴが見える。このソファも12年経って、革が深いアメ色に変わり、かなり味が出てきた。コーヒーか何かをこぼしたときに付いたのか、ところどころにシミがあるけど、むしろそれが貫禄を与えてくれているように見える。僕はあらためて12年の年月を感じて、ちょっと感慨深い気持ちになった。BGMのスイッチを入れると、スピーカーからキャット・スティーブンスの『The Wind』が流れた。

 I listen to the wind, To the wind of my soul
 Where I’ll end up, well, I think only God really knows

 風の音に耳を傾けているんだ 心の中から流れる風の音をね
 僕はどこで最後を迎えるんだろう それは神様だけが知っているんだろうね

 そういえば、ここは飲食店営業許可をとっているのだけど、もうすぐ6年ごとの更新手続きのための立ち会い検査がある。その次の検査はさらに6年後だ。トラベラーズファクトリーは18周年で、僕は60歳になっている。そのころ、ここは、そして僕はどうなっているんだろう。キャット・スティーブンスが歌うように、神様だけが知っているんだろうな。

 リモートの打ち合わせを終えると、座る場所をソファからスツールに変えて、いくつか事務仕事を行った。懐かしい模様のすりガラスの窓を通してやさしく差し込む秋晴れの太陽の光は心地よく、思いのほか仕事ははかどった。

 トラックのソファに、ラフで温かい質感の足場材で作られたテーブルと床、フレームに取り付けられたノートや小物に、ところどころに置かれた本やレコードが、12年経って築70年以上の古い建物にすっかり馴染んできているみたいだ。心を穏やかに落ち着かせてくれるこの場所の不思議な効用は、12年間熟成されてさらに高まったような気がした。

 ふと12年前の光景が頭によみがえった。オープン日は、この2階でオカズデザインのお二人がレモネードをお客さんに振る舞ってくれた。そんな中、僕は新しいことがはじまった期待と不安で、顔を上気させながら興奮気味にバタバタと店内を駆けずり回っている。壁のペンキも塗りたてで、ソファの革はまだ新しく、僕も12年ぶんだけ若い。12年分体力があって、顔のシワも少なく、髪の量も多い。そんな僕は、その瞬間に精一杯で12年後のことなんて、まったく頭に浮かばなかった。あのときの僕が、12年後の今のトラベラーズファクトリーの姿を見たら、どう思うだろうか。その姿を誇らしく思うだろうか。それほど変わってない姿に喜ぶのだろうか。それともちょっと落胆するのかな。

 今振り返れば、12年はあっという間のような気もするけど、小学1年生が高校を卒業するまでの年月だと考えると、けっこうな長さだとも思う。自分が小学生の頃、高校生の自分なんて永遠と感じるくらいの遥か先の未来だった。とにかく12年間続けてきたことだけは、僕らが誇ってもいいことだと思っている。

 この日は、昨年のトラベラーズタイムズにご登場いただいたmini_minorさんに会う約束をしていた。北海道にお住まいのため、トラベラーズタイムズの原稿や写真などのやり取りをメールで行っていた。その後お会いする機会がなく、そのお礼も直接言うことができておらず気になっていた。

 中目黒の駅で、橋本、青山とともにmini_minorさんにお会いすると、まずは一緒にランチをとり、そのままトラベラーズファクトリーへと向かった。そして2階でコーヒーを飲みながら、トラベラーズノートとの出会いのいきさつや、ノートとの向き合い方など、ゆっくりお話しすることができた。その中で嬉しかったのは、トラベラーズノートと出会うことによって、仕事の忙しさに自分を見失いそうになったとき、落ち着いて自分と向き合う時間を持つことができたということだった。今ではそこから新たな仕事が生まれているのも嬉しいことだった。

 トラベラーズ12周年のトートバッグには、「When you’re alone, you can always go to “TRAVELER’S TOWN”」というメッセージを添えている。孤独を感じたり、忙しさに自分を失いそうになったり、何かに傷ついたり、そんなときは、いつでもトラベラーズタウンに行くことができる。トラベラーズタウンは、トラベラーズファクトリーでもあるし、トラベラーズノートでもある。トラベラーズファクトリーに足を運んで、2階でトラベラーズノートを開き、そこに自分の好きなことや楽しかった記憶を綴けば、疲れた心を癒し、温かく優しい光を灯してくれる。そんな存在でありたいとの想いを込めた。

 『The Wind』の2番は、こんな歌詞ではじまる。

 I listen to my words but they fall far below
 I let my music take me where my heart wants to go

 自分の言葉に耳を傾けても、こぼれ落ちて思うように聞き取れない
 音楽こそが、自分の心が本当に望む場所へと導いてくれるんだ

 自分はどこへ向かって行けばいいのか、自分は本当は何が好きで、何をすべきなのか。自分が行くべき場所へと導いてくれる心の動きは、簡単に感じ取ることはできない。サイズが合わない靴を履いて足を痛めてしまうように、間違った場所に行ってしまい、痛みや居心地の悪さを感じたこともある。それでもなんとかこれまでやってこれたのは、キャット・スティーブンスにとって、音楽が自らの心の動きを聴き取る媒介となったように、僕らにとって、トラベラーズノートが心の奥にある、自分たちが本当に行きたい場所へと導いてくれたのかもしれない。トラベラーズノートにはそんな不思議な力がある。これからのトラベラーズファクトリーも、その声に忠実に進んでいけばいいのかもしれないな。

 これまでありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。

Cat Stevens / The Wind